[目次] [次ページ] [OHP] [質疑応答]

VPP800における大規模プラズマ粒子シミュレーション


  1. はじめに
  2. 磁気リコネクション
  3. プラズマ粒子シミュレーション
  4. VPP800性能比較
  5. 計算結果の紹介
  6. おわりに
写真
宇宙科学研究所
宇宙科学企画情報解析センター
篠原 育
iku@stp.isas.ac.jp

(1/6)

1. はじめに

 宇宙空間プラズマの研究では、最近の人工衛星による高精度なプラズマ速度分布関数データ等からプラズマ粒子の運動論的効果の重要性が明らかになってきました。宇宙空間の大規模な構造(例えば、惑星間空間衝撃波や惑星磁気圏、等)を研究するには磁気流体力学(MHD)を使うことが多いのですが、MHDでは記述のできない現象が見えてきたのです。宇宙空間のプラズマは非常に希薄であるために、粒子間の衝突が無視できる無衝突プラズマです。無衝突プラズマ中の散逸過程では、電磁場を介したプラズマ不安定によって生じる等価的な衝突・輸送(粘性、抵抗、熱伝導)が重要な役割を演じます。こうした、無衝突プラズマの散逸過程を理解するには、計算機によるプラズマの粒子シミュレーションが非常に有効なツールになります。
しかし、電子・イオンの両方を粒子として取り扱う粒子シミュレーションは計算機に膨大なリソースを要求します。電子・イオン両方の粒子の運動を解く場合、1つの大きな困難は電子とイオンの質量比が非常に大きいことに因っています(陽子と電子では約1836倍)。イオンと電子ではそれぞれ特徴的な時間や空間のスケール(図1、例えば、サイクロトロン周波数やラーマー半径)があり、それらは大きくかけ離れているので、時間的にも空間的にもイオンスケールの計算を粒子ですべてを計算するのは大変なことです。


図1: プラズマ中に現れるさまざまなスケール

しかし、大きく異なっているからといって、これらのスケールをまったく独立に扱えるわけではなく、「プラズマの大規模運動のダイナミクスは圧倒的に大きなエネルギーを持つイオンが支えているのだけれども、その散逸過程は構造のスケールから見ればずっと小さな電子スケールでのダイナミクスにも依存している。」ので、無衝突プラズマの物理を研究する上でイオンスケールかつ電子を含めた粒子計算は是非とも必要なことです。これまでは、電子とイオンの質量比を実際からはずっと小さな値を用いて、イオンスケールの計算を粒子シミュレーションで実行することで研究を進めてきました。しかし、小さい質量比では電子とイオンのスケール分離が不十分なために、電子とイオンのダイナミクスがカップリングを起してしまい、実質量の世界では起りえない不安定などによって現象の理解が妨げられるなど、イオンスケールと電子スケールを結ぶ中間スケールの物理の理解はなかなか進みませんでした。宇宙科学研究所の1世代前のスーパーコンピューターVPP500/7では質量比はせいぜい数10の計算をするのがやっとでしたが、平成11年の3月にVPP800/12が導入されるに至って(残念ながら空間2次元でしかありませんが)、質量比が数100の計算を実行できるようになりました。質量比が数100までとれるようになると、数10の時のような電子とイオンのカップリングは小さくなり、実質量の場合と同じような現象の時間・空間スケールの分離が再現できるようになりました。これによって初めて、実世界における電子スケールとイオンスケールとの中間スケールの物理を粒子シミュレーションで取り扱えるようになったといえるかも知れません。
ここでは、宇宙プラズマで重要な磁気リコネクションと呼ばれる現象を例にしながら、粒子シミュレーションの方法の説明、VPP800の性能評価を交えながら、大きな質量比の計算で見えてきた新しい結果を簡単に紹介したいと思います。

[
目次] [次ページ] [OHP] [質疑応答]