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3.ハイパーテキスト・マシンの誕生


    写真5 メメックス(「LIFE」誌1945年9月10日号掲載のイラスト)

     ヴァニーヴァー・ブッシュが「私たちが考えるように」というエッセイで発表したのが、写真5の機械です。メメックスという名前が付けられています。メモリエクステンションということらしくて、要するに記憶の拡張装置という意味です。この機械は構想上のもので、実際には作られてはいません。デジタルコンピュータ以前の時代から考え始めていたので、アナログで、机の中にマイクロフィルムが入っていて、そのマイクロフィルムで検索装置を作ろうと思ったわけです。マイクロフィルムにドットを打って、そのドットを光で読みとってそこへジャンプするという仕組みです。本とか画像やドキュメントをマイクロフィルムにしてこの中に収め、必要なところへジャンプしながら情報を見ていく。2台のディスプレイ(写真下)があり、直接書き込むこともできるというわけです。


    写真6 ブッシュのエッセイに添えられたウェアラブル・カメラのイラスト
    (「LIFE」誌1945年9月10日号掲載のイラスト)

     写真6は、研究者が額にカメラをつけて撮影する機械です。今で言えば、一種のウェアラブル・コンピュータということになります。歩きながら、カシャッとカメラのボタンを押すと画像が撮影され、マイクロフィルム化してこれもメメックスに納めます。


    写真7 ブッシュのエッセイに添えられたヴォコーダのイラスト。音声入力も考えていた
    (「LIFE」誌1945年9月10日号掲載のイラスト)

     写真7はヴォコーダです。喋ったことを吹き込み、記録する。ブッシュは、音声入力も考えていました。画像や音声もあつかえる一種のマルチメディアマシンを作ろうと思っていたわけですね。
    この装置の使い方として、ブッシュはこんな例をあげています。
     誰かが弓矢のことについて調べたとき、調べた道筋を残しておけば、後で弓矢を調べようとする人はその道筋を辿って同じように弓矢についての調査ができる。そして、考える道筋を残す職業ができるのではないかと言っています。
     このヴァニーヴァー・ブッシュの思考の軌跡を追っていくと、道を辿ることに興味があったらしいことがわかってきました。リンクという言葉ではなく、トレイル(trail)つまり道跡という言い方を彼はしていますが、道筋を辿るということに、どうも興味があったらしい。
     まず、このハイパーテキストマシンは、考えた道筋を残そうという機械でした。
     また、アナログコンピュータの研究者だった彼は、のちのちまで、デジタルコンピュータよりアナログコンピュータにはすぐれた点があると言っています。何がいいかと言いますと、アナログコンピュータは、その計算の筋道が辿れるからというのです。ですから、教育用にはアナログコンピュータの方がいい、学生にはこれを使うべきであると主張している。


    写真8 卒業製作「プロフィールトレーサ」(MIT所蔵)

     写真8は、ヴァニーヴァー・ブッシュの卒業制作の機械です。学生のときに、この写真の機械を作った。手押し車の上に装置が乗っているだけですが、これをガラガラと押すと、押している人の辿った道筋や起伏が辿れます。本人は道筋が辿れることに興味があったととくに言っているわけではないのですが、明らかに一貫してそうした研究をしている。
     さらに晩年になると、ESPの世界、超感覚知覚に興味をもった。1940年代くらいから、鳥の渡りや魚の回遊に興味をもっていた。自分の庭に渡り鳥がやってきたそうで、その鳥が毎年迷わずにかならず戻ってくるのはなぜなのか。鳥に特別な感覚があるのではないかとずっと考えていた。
     この人は、科学的ないろいろなことに関心を持つのが趣味みたいな人で、鳥の能力についての実験も考案したりしています。鳩を東西に飛ばして、その鳩の子孫をまた東や西に飛ばす。そういう実験をして、記憶が遺伝するかを調べようとしました。ルイセンコ学説の支配するソ連とのイデオロギー的な葛藤もあって、獲得形質の遺伝というのは当時のアメリカの科学界では格別に警戒された考え方でしたが、獲得形質の遺伝どころか、獲得した記憶が子供に遺伝するのではないかとまで言っている。
     こうして彼の関心を追うと、やはり道筋を辿ることに興味があったとしか思えませんでした。ハイパーテキストとか、メメックスのマシンは知的な営為ですが、そうした人間の知的世界だけでなく、生物についての道筋をたどる能力についても考えていたわけです。自然界でも道筋を辿ることは非常に重要であり、ある種の生物は本能として持っていて、それによって生きている。
     自然界における道筋を辿る能力の重要性を知っていた人だと考えると、ハイパーテキストの概念を考え出したのは、実に自然です。


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