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以下声明文は、2009年(平成21年)11月26日の臨時幹事会にて作成され、同27日の合同分科会出席会員により採択されたものです。

事業仕分け「次世代スーパーコンピュータプロジェクト凍結」判定に対する緊急声明

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平成21年11月27日
サイエンティフィック・システム研究会

 平成21年11月13日に行われた行政刷新会議の事業仕分け作業において次世代スーパーコンピュータプロジェクトに対して、「来年度の予算計上の見送りに限りなく近い縮減」と判定が出された。
この「事実上の凍結」判定に関して、我が国最大のスーパーコンピュータユーザによる研究会であり、過去30年間にわたって計算科学と計算機科学の発展と振興に尽力してきた本会としては深く憂慮するものである。今回の事業仕分け、とりわけ学術や科学技術事業を対象とした仕分けの是非、その方法論の適否については、他の多くの団体、機関から声明、意見が出ているので、それらに譲る。本声明では、事業仕分けの際に上記結論に至らせた大きな4つの主張、すなわち、

  • 「世界一」という目標設定の是非
  • 「巨艦大砲主義」という批判
  • ベクトル部を欠いたシステム変更および開発継続の是非
  • 独自開発の必要性の有無
に対して本会としての見解を提示し、「凍結」判定の撤回、さらには同プロジェクトの更なる加速推進を要望するものである。

事業仕分けの際の論点 本会の見解
「世界一」という目標設定の是非 「世界一」の計算能力を達成することで、これまで解けなかった計算科学上の問題を解くことが可能となり、我が国の科学技術面での国際競争力を一気に高めることが可能となる
「巨艦大砲主義」という批判 「集中型」への回帰は最近の「クラウドコンピューティング」と同じ動きであり、かつ、現在の「グリーンIT 化」の流れに沿うものであって世界の情勢に逆行するものではない
ベクトル部を欠いたシステム変更および開発継続の是非 今回のシステム構成変更がプロジェクトの目的、目標に与える影響は軽微であり、システム開発を中止する必要性はまったくないと判断する
独自開発の必要性の有無 計算科学上の新たな問題、新しい解法が登場したとき、自ら新たなシステムを開発し構築出来る技術を国として有することが肝要である
○「世界一」という目標設定の是非
 まず考慮すべきは、スーパーコンピュータ関連国家予算が米国の年間約1000億円に比較して我が国は年間約250億円とその国力、経済力と比較して低過ぎるという現実である。スーパーコンピュータは計算科学の最先端を切り開くための「科学者の実験道具」としてだけではなく、産業界の様々な設計開発、ものづくりの現場においてなくてはならない「設備装置」、すなわち「国家基幹技術」となっている。現在の我が国の貿易黒字の大半を稼いでいる自動車の設計もスーパーコンピュータ抜きでは考えられない。今後の我が国の科学技術力、産業面での国際競争力を維持するためには、我が国全体の総計算能力の更なる拡充が必須である。
 このような背景から次世代スーパーコンピュータの開発がスタートしたわけであり、その完成の暁には年間予算換算ベースで約350億円相当になるものと期待する。また、主要国立大学および国立研究機関が保有する総計算能力も平成21年度時点の約2ペタFLOPSに10ペタFLOPSが加算されて、平成23年度時点で約20ペタFLOPSに達する予定である。一方、米国も同様にスーパーコンピュータ開発を進めていることから平成21年度の約24ペタFLOPSが 平成23年度時点で約100ペタFLOPSに達するものと予想される。このように次世代スーパーコンピュータが予定通り完成してもまだ約5倍の差があり、もしも本プロジェクトが凍結されたら10倍以上と大きく水を開けられることとなってしまう。
 以上のように、次世代スーパーコンピュータの設置運用は、我が国の総計算能力の飛躍的増強のために必須である。と同時に「世界一」、「前人未到」の計算能力を達成することで、これまで解けなかった計算科学上の問題を解くことが可能となり、我が国の科学技術面での国際競争力を一気に高めることが可能となる。さらに、計算科学技術だけではなく、我が国の計算機科学技術、大規模IT(情報通信)技術、等の関連技術も大きく高めることにも資する。特に大規模IT技術に関しては、そこで開発された低消費電力化技術、高信頼性化技術、大規模システム構築運用技術、大規模データ処理技術、等の計算機科学技術は今後の我が国のIT産業の発展に大きく貢献するものと期待される。また、世界レベルの研究教育拠点形成の面でも、「世界中の他にはないもの」、「世界一」のものを有することには大きな意義がある。世界中から優秀な研究者、学生を集積し、「日本の神戸でなければ出来ないこと」を多数輩出することが重要である。
 さらに最も重要なことは、単に「世界一」を達成すれば終わりというわけではないことである。継続的に我が国全体の総計算能力を増強すると同時に、トップとなる「次世代」、「次々世代」、「次々々世代」、等々のピークの計算能力も上に引き上げていく努力が必要である。
○「巨艦大砲主義」という批判
 情報システムの形態の変遷を見ると、「集中型」と「分散型」を交互に繰り返してきた歴史がある。確かにここ10年ほどは、「分散型」、すなわち、安価なPCを多数接続したPCクラスタ型の計算サーバーを研究室レベルで設置する事例がいくつか見られた。しかしながら、最近では再度、大型のスーパーコンピュータセンターへの回帰が始まっている。これは単に研究室レベルでの計算サーバーの調達コストだけの問題だけではなく、消費電力、保守、等の面で研究室単位で計算サーバーを維持することの非効率性が認識され始めたことに依る。また、当然ながら、世界最先端の研究成果を狙うとなると、計算規模、計算速度の面で小規模な計算サーバーでは立ち行かないという、研究の質の面での問題もある。
 「集中型」への回帰はスーパーコンピュータ分野のみならず、IT分野全般で見られる現象である。すなわち、「クラウドコンピューティング」時代の到来である。計算資源を大型のデータセンターに集中配備して、そこで複数のユーザーの計算需要に効率的に対応することで、個々のユーザーの調達コストを削減し、さらには消費電力、保守、等の運用コストを低減することは、現在の「グリーンIT化」の流れに沿うものであり、世界の情勢に逆行するものではない。
 以上の通り、今回の事業仕分け作業で出された「次世代スーパーコンピュータは巨艦大砲主義」という批判はまったくの的外れのものであると言えよう。
○ベクトル部を欠いたシステム変更および開発継続の是非
 次世代スーパーコンピュータは当初、ベクトル部とスカラ部から成る複合システムとして設計開発が進められてきたが、平成21年5月にベクトル部をシステム構成から削除する方向で設計変更が行われた。このシステム変更に関して、一旦、システム開発を中止してシステム構成を再評価すべきだとの意見が事業仕分け作業の中で出された。
 「ベクトルかスカラか?」という議論は次世代スーパーコンピュータプロジェクトが開始された時点でも盛んに議論された論点である。しかしながら、世界のスーパーコンピュータ業界の情勢は既に「スカラ型」に趨勢が決まっており、さらにスカラプロセッサに「アクセラレータ」を付加する方式へと推移している。「ベクトル型」は理論ピーク性能に対する実効性能の高さでは他方式に対して優位に立つが、その優位性は極めて能力の高いメモリシステムがあってこそ達成可能なものである。近年の主要メモリデバイスであるDRAMではそのような高性能なメモリシステムを適正なコストで構築することは困難であり、事実上「ベクトル型」は現在のコモディティ技術との間で齟齬を来していた。とは言え、我が国で利用されているアプリケーションソフトウェアにはベクトルプロセッサを対象としたものが多く存在し、かつ、重用されている。地球温暖化の予測に活躍している地球シミュレータはその代表例である。アプリケーションソフトウェアの開発にはハードウェアの開発以上に時間がかかるため、日本がこれまで蓄積してきたベクトルプロセッサ向けに最適化されたアプリケーションソフトウェアの迅速な利用を追求して、次世代スーパーコンピュータに「ベクトル部」を組み入れたことには意味があった。
 今回、その「ベクトル部」がシステム構成から削除されたわけだが、元々「スカラ部」と「ベクトル部」は極めて緩い疎な結合形態を採っており、「スカラ部」にとって「ベクトル部」の存在は前提条件でも必須条件でもない。また、「世界一」を達成するのに必要な性能目標は「スカラ部」のみで実現可能であると考える。以上から、今回のシステム構成変更がプロジェクトの目的、目標に与える影響は軽微であり、システム開発を中止する必要性はまったくないと判断する。逆にここでの一旦中止は、世界最先端の研究教育基盤を提供するという目的を定めた本プロジェクトにとっては事実上の「死」をも意味するものであり、絶対に受け入れ難い。人材の逸散も起こるであろう。
 さらに言えば、計算機の性能はそれを使うアプリケーションプログラムによって発揮されて初めて意味がある。今回残念ながら実現が困難となった「ベクトル型」を対象とした既存のアプリケーションプログラムを「スカラ型」に変換するための開発を促進するために追加の予算措置を逆に要望したい。
○独自開発の必要性の有無
 「スーパーコンピュータを独自開発する必要はあるのか?」、「米国から買ってくればいいのではないか?」、これらも頻繁に議論される論点である。確かに、「二番手の研究開発」、「後塵を拝する研究開発」に甘んじるので良ければ、米国から出来あいのスーパーコンピュータを買ってくればよい。しかし、既に「「世界一」という目標設定の是非」で述べた通り、「世界一」、「前人未踏」の研究開発を行うのであれば、そのための「道具」であるスーパーコンピュータも自前で構築出来なければ「科学技術立国」の足元も危うい。道具如何で研究の方向性、成否が定まる。これはスーパーコンピュータのハードウェアやソフトウェアにも当てはまる。計算科学上の新たな問題、新しい解法が登場したとき、いまのスーパーコンピュータのシステム構成が最適であるとは限らない。自ら新たなシステムを開発し構築出来る技術を国として有することが肝要である。
 米国は1985 年に端を発した「日米スパコン貿易摩擦」を契機に、1991年にHPC法(High Performance Computing Act of 1991)を制定し、スーパーコンピュータは国防、研究開発のための「基幹技術(enabling technology)」と位置付けている。さらに、2004年には、National Research Council(全米研究協議会)が将来の米国におけるスーパーコンピュータの在り方に関する提言書「Getting Up to Speed: The Future of Supercomputing」を発表し、その中で次のように提言している。
  • The federal agencies that depend on supercomputing, together with the support of the U.S.Congress, should be responsible for accelerating advances in supercomputing and ensuring multiple strong domestic suppliers of hardware and software. (政府機関はスーパーコンピュータの発展の加速と国内の強力なメーカ育成に責任を持つべきである
  • The critical concern is not where the current top-ranked supercomputer is located, but whether the United States has the capability of creating such a system in the future. (最も重要な事はどこに最速のスパコンがあるかではなく、米国がそういったシステムを作る能力を持っているかどうかである

我が国のスーパーコンピュータに関する科学技術政策、国家戦略としても、この程度の見識を期待したい。

    サイエンティフィック・システム研究会 2009 年度合同分科会参加者有志一同
    サイエンティフィック・システム研究会幹事会
      会長   村上 和彰(九州大学 教授)
      副会長  松澤 照男(北陸先端科学技術大学院大学 教授)
      幹事   鈴木 富男(理化学研究所)
            松尾 裕一(宇宙航空研究開発機構)
            岩下 武史(京都大学 准教授)
            宇佐川 毅(熊本大学 教授)
            水本 好彦(国立天文台 教授)
            長谷川明生(中京大学 教授)
            石井 克哉(名古屋大学 教授)
            津野 和宣(宮崎大学 准教授)
            齋藤 孝道(明治大学 准教授)

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