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2-3.アブイニシオ予測の可能性


画面26

 アブイニシオ法とは、ラテン語の「はじめから」の意味を持つ、本来は非経験的とでも訳すべき方法ですが、この研究分野では、3D-1DやPSI-BLASTのような類推に基づく方法以外の方法だと思ってください。つまり、データベースを用いた類推ではなく、計算だけで構造を予測する方法をさしており、現在大変注目されだしています。
 そのきっかけとなったのは、1998年に実施された第3回目のCASPであり、ここでアブイニシオ法での成功例が出たためです。2000年に実施した第4回CASPでは、もっと成功例が増えており、国際的にも「これは使える」ということが判ってきたわけですが、ただしこれは、理由は後ほど説明しますが、少々カッコつきの成功であるといわざるを得ません。
 アブイニシオ法の最終目標は、X線構造並みの予測を計算機で出すということです。アブイニシオ法は、内容的に2つの段階にわけて考えることができます。1つめは3D-1D法と同じように、全体的にどのような形をしているのかという「フォールドの予測」の段階です。つまり、それぞれのトポロジーを当てるという段階です。そして2つめの段階は、さらにそこから最終的な真の立体構造へともってくる段階です。
 さて、先ほど、"カッコつきの成功" であったと申し上げましたが、それは、ここでの第一段階でのみ成功しているためです。3D-1D法では、既知のものと似たものがない場合は解がないという結論で終わりますが、アブイニシオでは、こういう形をしているであろうという解をだし、それが実際に正解であることが判った例が、第3回CASPから出てきたというわけです。しかし、本当の最終目標である、真の立体構造への最適化までには、まだ辿りついていません。
 我々が最近考えているのは、その予測が成功する条件は大きく分けて2つあるのではないかということです。
 まず1つは、分子力学の問題である、「フォースフィールド (force field:力場) の選び方」についてです。力場をどうとるかの判定基準は、X線構造のエネルギーが常にいちばん最小でないと困るのですが、計算していくうちに、全く違う構造なのにどんどん下がってしまうような力場では困るということです。
 また、力場の問題が満たされたとして、2つめに、「最適化の理論」が必要となります。これは構造探索法と呼びますが、特に日本の研究者たちが頑張っておられる分野です。「拡張アンサンブル法」をはじめいくつかの手法もでており、非常に発達してまいりました。このような手法を使えば、第2段階の概ねの構造も分かることになり、そこから最終の天然構造にまで辿りつけるのではないか、と考えています。
 ここで、先ほどお話しした2つめの段階 (真の立体構造の最適化) を求める実例について、我々の計算例をもとにご説明したいと思います。画面27は、力場はなにを使ったかということが書かれたもので、我々は、AMBER86を使いました。その内容は、ローカルなターム(エネルギー項:bond-length,bond-angle,dihederal angle)にディペンドするローカルパターンと、van der Waalsのターム、hydrogen bonding (水素結合)、Electrostatic (静電気)です。そして、周囲の水分子の影響を考慮するために、既に開発されているHydration energy (水場のエネルギー)という表面積に比例する計算方法をプラスし、実際にいくつかテストをしてみました。使用したタンパクは、画面28にある7種類だけですが、いろいろなタイプのclassのもの (all α、α+β、α/β) を使用しました。これらのサイズは、およそ100残基 (100アミノ酸) 前後です。ここにある7種類のタンパクで同時に計算をし、全てがうまくいくようでないといけないわけです。我々は、タンパクのX線構造が分かっているものの主鎖構造だけを与え、そこに拘束をかけて強制的なポテンシャルを与え、しかし側鎖は自由に動かすことができるという条件で最小化 (ミニマイゼーション) を行いました。画面29がその結果です。


画面27


画面28


画面29

 7種類のタンパクの自由度としてはbackboneも固定せず動けるようになっており、画面29を見ると、backboneだけの誤差も少々でています。右側が側鎖構造の比較で、X線構造と比べると、7〜8割程度の角度は合っていますが、20〜30%は違っているという結果が得られたことが分かります。このような、backbone(主鎖構造)だけコンストレーンをかけて得られた構造は、人為的な構造だということで、「ニアネイティブ・モデル」と呼んでいます。
 次に、このニアネイティブ・モデルの数値と、実際のX線構造並みの数値とを比較してみました。画面30をご覧下さい。これは7種類のタンパクのそれぞれのトータルエネルギーをプロットしている表ですが、●がX線構造 native です(X線構造から我々の力場で最小化した結果を用いています)。○は先ほどのニアネイティブ・モデル(near-native)ですが、画面30を見ると、やはりnativeよりは高いところに位置しています。×はミスフォールド(misfolded)といって間違った構造をわざと作りそれを最小化した結果ですが (3d-1d法で検出された、スコアはよいが完全に間違っている構造を用いています)、それらは全て上方に位置しています。このグラフで、特に我々は、native と near-native との差に注目しました。


画面30

画面31

 画面31は、Total Energyのローカルなタームとvan der Waalsのタームだけをプロットした結果です。これは「パッキング・エネルギー (Packing Energy) 」と言われていますが、サイドチェーン同士がお互いに噛み合ったときのエネルギーにあたるであろうと思われます。この点が、先ほどのnativeとnear-nativeの差にあたるのだということが分かります。次に、misfoldedに注目してみましょう。トータルでみると、nativeとmisfoldedは差がありますが、パッキング・エネルギーでみると、この差が非常に小さい。しかしnative と niar-nativeだけは非常に差があるということが分かります。
 このような計算から、我々は、力場の問題は既に大よそクリアしているのではないかと思っています。現在は、拡張アンサンブル法などを使用して、near-nativeから本当のnativeの位置にまでもっていけるか実験を重ねているわけですが、クリアした次はmisfoldedで試してみるなど、計算を進めていきたいと思っています。そして、このような計算が結局はアブイニシオ予測の成功につながるのではないかと考えています。もちろん、それは成功してから言うべきことですが、概ねゴールは見えてきたなという気がしています。


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