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2.光量子シミュレーション

2.1光量子・物質相互作用

 前章で述べたように、極短パルス超高強度レーザーを使えば、従来、地球上では得られなかったような極限状態が実験室環境で実現できる。以下、極短パルス超高強度レーザーを物質に照射するとどのようなことが起こるか簡単に説明する。

  1. レーザーが物質に到達すると、物質の表面で原子に束縛された電子が強いレーザー電場によって結合を振りほどかれ、自由電子となり強く振動する。
  2. レーザーが最大強度となる頃には、電子を剥ぎ取られた固体表面は、自身が帯電し大きな反発力を持つことになり、粒子群(クラスター)、原子、イオンなどが様々な形で表面から飛び出す。また、レーザーは、固体表面でのプラズマ振動(電子の集団的振動)と強く相関し合い、より短波長光を含む光に変換(変調)される。レーザ反射の前面は、レーザーの光圧により生じた超高圧状態にさらされることになる。反射された変調光は、自らがひきはがしたクラスターやガスプラズマと相互作用しながら反射されていく。また固体内部を伝播していく変調光は、固体内部の原子を電離させたり、電子密度(電場)の波である航跡場を形成したりしながら進んでいく。
  3. レーザーにより前方に加速される非常に高エネルギーの電子は、固体内部の原子を電離させながら、レーザーを追い越し、固体を貫いて進んでいく。そしてこの加速電子に引きずられて、イオンが前方へ加速され高密度高エネルギーで指向性の高いイオンビームとなる。この時、電子やイオンの自己電流により強い磁場が発生し、自身をより収斂させる働き(ピンチ効果)を示す。


図3 極短パルス超高強度レーザー照射時の物理過程の時間発展と時間分解能

 このような過程は、全て10〜100fsという非常に短い時間の現象であり、実験による計測が現在の技術では不可能な領域である。従って、光量子科学研究を進めていく上で第3の科学と呼ばれているシミュレーションは理論・実験と同様に不可欠な要素である。

2.2シミュレーションモデル

 極短パルス超高強度レーザーを物質に照射した場合、10fsという瞬間的な時間に多数の複雑な過程が絡み合って現象が時間発展していくことになる。従って、単純な理論ですべてを理解することは困難であり、シミュレーションを使った現象理解が不可欠となる。高強度レーザーと物質の相互作用において主要なシミュレーション技法は、大きく分けて流体法(熱力学量の時空間発展:連続体としての温度、密度、流速等)と運動論法(分布関数の時空間発展:粒子群としての速度・空間分布関数)の2種類がある。流体法は、比較的現象が穏やかな、つまり、準熱平衡的な状況にしか適応できなく、また、レーザーの伝播過程が扱えないという大きな欠点をもっている。しかし、時間空間の大きさを自由にとれる利点を持っている。注目すべき量が長時間後の振る舞いであり、熱力学量やそれに強く関連する量の場合は、非熱的な中間過程を様々な近似を用いて適用範囲の拡張を図ることができる。光量子科学研究においても、プラズマの熱力学量の振る舞いが長時間にわたって必要なX線レーザーの発振過程等は、流体法にレーザー吸収過程と原子過程を近似的に結合させることで評価を進めている。しかし、元来、非熱力学的である粒子加速過程やレーザーの伝播過程そのもの(粒子の分布関数)を評価する必要がある問題では、流体法は無力であるため、運動論シミュレーションを行う必要がある。

 運動論シミュレーションは、ボルツマン方程式を直接差分していく方法が通例であるが、対象がイオンや電子の荷電粒子群(プラズマ)となる場合、粒子・空間格子法(PIC:Particle In Cell)[2]という変則的な運動論シミュレーションがよく使われる。PIC法の特徴は、ボルツマン方程式のように分布関数をあらかじめ座標・運動量空間格子に分割して直接解かずに、粒子運動を運動方程式に従って解いてゆき、その結果として分布関数の時間発展が求まるところである。ボルツマン方程式の方法は、座標・運動量空間で動的に局在化するような場合、局在化と無関係に座標・運動量空間格子に分割しておく必要が有り、非常に計算効率が悪い。しかし、PIC法では、運動量空間を格子点分割しないため、分布関数が座標・運動量空間で局在化した場合でも、局在化に対して効率的に計算できる。



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