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SS研科学技術計算分科会2017年度会合 分科会レポート
拡がるHPC 〜新たな鼓動〜

執筆:椋木 大地(東京女子大学)

はじめに

今年のテーマは「拡がるHPC 〜新たな鼓動〜」であった。計算機システムの高性能化は、いま話題のAI技術をはじめとして高性能計算の活用分野を拡げている。今回の分科会ではそのようなHPCの活用事例から、データ科学による物質・材料開発に関する講演と、シミュレーションによる人工小脳に関する講演が行われた。さらにHPC分野における最新トピックとして、2017年10月現在TOP500において国内1位の性能を持つOakforest-PACSに関する講演、そして富士通におけるAI・ディープラーニング技術に関する講演が行われた。参加者数は101名であった。


初めに、田中 輝雄氏(工学院大) から開会の辞と開催趣旨の説明を頂いて昼の部が開幕した。

『マテリアルズインフォマティクスの最前線』
  吉田 亮(統計数理研究所)

 本日最初の講演は統計数理研究所の吉田 亮氏よる、データ科学の活用による最先端の物質・材料開発動向についての講演であった。ビッグデータや機械学習といった計算機性能を要求する技術を活用するデータ科学は、今やHPCを最も活用している分野の一つであろう。材料開発の現場においては10の60乗個以上という広大な候補物質の探索空間から、新材料の候補となる物質を発見することが行われているそうである。しかし、これまでこの領域で行われてきたデータ科学は、既に明らかとなっている物質のデータを用いてそれと類似した性質を持つ物質を見つけ出そうとする「内挿的予測」がメインであったという。ところが、発見が望まれる革新的な材料は、データの存在しない未踏領域に存在するため、このような従来の内挿的予測手法では発見することができない。そこで吉田氏らはベイズ推論に基づく手法によって、今あるデータ群から未知のものを推定することによる「外挿的予測」による新物質の発見に挑戦しているとのことだ。講演では吉田氏らによる外挿アルゴリズムSPACIERによって、これまでデータが存在しなかった領域から大量の新物質を発見することに成功した事例などが紹介された。本講演ではこの外挿的予測による手法によって日本のものづくりに革新を起こし、世界をリードする存在を目指そうとする吉田氏の強いメッセージが感じられた。


『ヒト規模の脳神経回路シミュレーションを目指して: 小脳の場合』
  山崎 匡(電気通信大学)

 続いては電気通信大学の山崎 匡氏による、シミュレーションによる人工小脳の実現に関する講演であった。我々の脳はニューロンと呼ばれる神経細胞が結合されたネットワークであり、小脳には脳全体のニューロンのうち約80%が集まっているという。このニューロンの挙動は常微分方程式で記述できるため、数値シミュレーションによる再現が原理上は可能である。しかしその数はヒトの場合約1000億個にも達し、シミュレーションには膨大な計算量を必要とする。山崎氏らのグループでは猫の小脳に相当する10億ニューロンからなる小脳神経回路のリアルタイムシミュレーションに世界で初めて成功した。このシミュレーションには理化学研究所のスーパーコンピュータ「Shoubu」が持つ1008個のPEZY-SCプロセッサが用いられた。リアルタイム性を実現するにあたっては、PEZY-SCのアーキテクチャが持つコアの階層構造に対応した計算割り当てや、通信隠蔽・通信削減などのテクニックを駆使したとのことであった。このような小脳のリアルタイムシミュレーションは、リハビリテーションや人間の運動活動の補完などへの応用が期待できるそうである。また次の目標として、ポスト「京」世代のスパコンにおいてヒト規模に相当する1000億ニューロン規模のシミュレーションを実現し、脳内の各分野が互いにどのように連携しているかの解明を試みようとしているとのことであった。


『新しい科学を開拓するOakforest-PACS』
  中島 研吾(東京大学)

 3件目の講演は、筑波大学と東京大学による最先端共同HPC基盤施設(JCAHPC)のOakforest-PACS(OFP)、その研究開発部門長である中島 研吾氏による講演であった。OFPは2016年12月に運用を開始し、2017年10月現在、TOP500世界7位/国内1位、HPCG世界5位/国内2位である。また約5GFlops/Wの電力性能によりGreen500で2016年11月に世界6位を達成している。京の電力性能は830MFlops/Wであったそうで、理論ピーク演算性能以上に電力性能の大きな進化が感じられた。OFPはプロセッサにXeonPhi7250(Knights Landing)を採用し、8208ノードで約25PFlopsの理論ピーク演算性能を持つ。またネットワークにはIntel Omni-Path Architecture(OPA)を採用し、フルバイセクションバンド幅を持つFat-Treeネットワークにより、全系運用時に高い並列性能が期待できるとのことであった。既にSALMON/ARTED(電子動力学)、Lattice QCD(格子量子色力学)、GAMERA/GHYDRA(地震シミュレーション)の全系稼働、またその他のアプリケーションにおいても高並列での稼働実績があり、講演ではその成果の一部が紹介された。また性能チューニングのノウハウもすでに蓄積しつつあり、その情報はウェブで共有していくとのことであった。今後はSC18のゴードンベル賞やディープラーニングコードの性能最適化にも挑戦するそうである。


『富士通のディープラーニング高速化技術の紹介』
  田原 司睦(富士通研究所)

 本日最後の講演は、富士通研究所の田原 司睦氏よる富士通のディープラーニング関連技術に関する講演であった。ディープラーニングは機械学習における特徴抽出の過程の自動化を可能にした一方で、従来の機械学習と比較して必要とされる計算量が大幅に増加しており、HPCの技術による高速化が不可欠である。富士通では長年のAI研究とHPC技術の蓄積に基づいて、ディープラーニングを含む広範囲にわたるAI関連技術・サービスを、Human Centric AI「Zinrai(ジンライ)」プラットフォームとして提供している。ディープラーニングの高速化にあたってはハードウェア・ソフトウェアの両面からの取り組みが不可欠であり、講演ではまずソフトウェア側の取り組みとして、ディープラーニングフレームワークCaffeの分散並列化(Distributed Caffe)、ストレージからのデータ読み出しの高速化、グラフ構造のデータに特化した高精度学習技術(DeepTensor)といった事例が紹介された。一方でハードウェア側の取り組みとして、ディープラーニング専用ハードウェア「Deep learning Unit(DLU)」が紹介された。これは低精度演算に特化した高並列メニーコアアーキテクチャで、高バンド幅メモリ、大容量レジスタファイル、Tofuインターコネクトの採用などにより、大規模なディープラーニング処理の高速化・省電力化を実現するとのことであった。また1QBit社との協業による量子コンピュータに着想を得たデジタル回路による組み合わせ最適化問題専用アーキテクチャ「デジタルアニーラ」も開発中であり、今後Zinraiを支える基盤技術の一つとして活用されるとのことであった。


おわりに

最後に、南里 豪志氏(九州大学情報基盤研究センター)より閉会の挨拶を頂き、昼の部は閉幕となった。


懇談会

夜の懇談会では「AIはHPCを救うか?!」と題したパネルディスカッションが行われた。モデレータの小柳 義夫氏(神戸大学)による説明のあと、パネリストの黒川 原佳氏(理化学研究所)、中田 秀基氏(産業技術総合研究所/筑波大学)、吉田 亮氏(統計数理研究所)、田原 司睦氏(富士通研究所)からそれぞれプレゼンテーションが行われた。今日のAIの発展にはHPCの技術が大きく貢献しているという認識が共有された一方で、科学技術計算を中心とした伝統的なHPCとAIが必要とする計算能力は異なるため、両者が今後必ずしもWin-Winの関係にならない懸念などが示された。また、AIをHPCの技術開発にどのように応用するかといった話題から、スパコンでは一般的なバッチ処理インタフェースがAI分野のユーザからは時代遅れと批判されているといった、AI業界とHPC業界のギャップを示す話題まで、AIとHPCに関するさまざまな話題が飛び出した。「AIはHPCを救うか?!」という題目についてのはっきりとした結論は示されなかったが、出席者の大半を占めたと思われるHPC業界関係者にとっては、今日のAIブームについて考える良い機会となったのではないかと思う。


以上

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