本講演では、1)計算化学手法による分子レベルでの生体機能の解明、2)自律的発展機能を内在する連成プログラムの開発、3)IT利用によるシミュレーション技術の確立と産業応用、の 3課題について、事例を挙げて説明する。それらの関係は、以下のようになっている。
著者は、光合成初期過程における光励起による電荷分離のメカニズムを解明することを目的に、非経験的分子軌道計算プログラムの開発を 20年以上に渡り手がけてきた。生体分子は一般に大きく、現在流通しているプログラムでは計算できないので、ベクトル化や並列化のアルゴリズムの研究開発を行い、そのような大型生体分子の計算を実現するためのプログラム開発を一貫して行っている。反応中心と呼ばれているが、電荷分離に関与しているクロロフィル他 6個の色素分子からなる系の励起状態の計算が、可能になりつつある。まず、光合成初期過程における電荷分離のプロセスの概略と、開発中のプログラムの計算機能などを、最初の課題で説明する。
上記非経験的分子軌道計算プログラムの継続的な研究開発の過程で、コンピュータのベクトル化や並列化、更には GRID環境における分散処理へと、プログラムの実効環境が大きく変化してきた。そのようなコンピュータ環境の変化と共に、計算機能の多機能化に伴って必然的にプログラムサイズが大きくなっており、プログラムの構造も大きな変更を求められている。即ち、従来の一体完成型のプログラムから、コンポーネントを中心とした連成型へと、多くのアプリケーションプログラムが現在移行しつつある。最近話題となっているマルチスケール・マルチフィジクスを研究対象とする場合、その傾向は特に顕著である。上記プログラム開発でも、この考え方を採用している。大阪大学バイオグリッドプロジェクトでの経験に基づき、QM/MM法のよる連成プログラム開発でのコンポーネントプログラミングの有効性を、2番目の話題で紹介する。
第3のテーマは、大学等で開発されたプログラムの活用に向けた仕組みづくりについてである。国内においてもナショナルプロジェクトとして数多くのプログラムが開発されているが、目につくような利用実績のないままに陳腐化しているのが、残念ながら実情である。計算結果を科学技術情報としてインターネットで販売する仕組みができれば、この情報化社会に適した新しい ITビジネスとして成立すると考えており、その仕掛けの提案である。その仕掛けでの要素は、1)コンピュータ資源を供給するデータセンタ、2)計算受託や計算環境の提供を行う ASP事業者、3)実験研究者など科学技術情報を求めているユーザ、である。上記の非経験的分子軌道計算プログラムも当然分子設計や創薬支援に適用することで、このようなビジネスでの利用を考えている。この仕組みづくりは、文部科学省先端研究施設共用イノベーション創出事業の支援を受けて、地球シミュレータ、東京大学情報基盤センタなどで既に始まっており、その成果が期待されている。
本講演では、上記の 3課題を有機的に連携させていかないと、計算科学の実用的な利用は望めないことを、結論として述べる。
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