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リアルタイム型遠隔講義におけるデザインパターン



  1. はじめに
  2. 遠隔教育プログラムの分類
  3. 実践事例
  4. 遠隔講義システムのデザインパターン
  5. まとめ

概要(PDF版) PDF file[542KB]
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写真
北陸先端科学技術大学院大学
遠隔教育研究センター
長谷川 忍


[アブストラクト]
 効果的な遠隔講義プログラムをデザインするためには、教育目標や学習者特性、物理的要件などといった講義条件を考慮した上で、システムや講義形態の設計を行う必要がある。北陸先端科学技術大学院大学ではこれまでに、全学を横断した機能組織である遠隔教育研究センターが中心となって様々なタイプのリアルタイム型遠隔講義を試行してきた。本稿では、リアルタイム型遠隔講義におけるコミュニケーションモデルに基づいて実践事例を解説するとともに、これらの事例で得られた知見を整理するためのリアルタイム型遠隔講義のデザインパターンについて議論する。

[キーワード]
リアルタイム型遠隔講義、デザインパターン、システム設計、講義条件


1. はじめに

 北陸先端科学技術大学院大学(以下、JAIST)は、建学以来、科学技術分野で世界最高水準の研究及び教育を推進することを目的に、石川県の旭台キャンパスを拠点とする三研究科(知識科学研究科、情報科学研究科、マテリアルサイエンス研究科)を中心とした大学院教育を充実させてきた。また2008年度から、学生一人ひとりのキャリア目標の実現を目指した新しい教育モデルである「JAIST新教育プラン」を開始するなど、大学院教育の実質化に強力に取組んでいる。加えて近年、従来の活動と並行して、社会人教育における仕事と勉学の両立やコンソーシアム型大学間連携プログラム実現のための遠隔教育への取り組みを進めている [1]。
 社会人教育の充実に向けては、東京近郊在住の社会人を主なターゲットとして、2003年10月に博士前期課程を対象とした知識科学研究科技術経営(MOT)コース、2005年10月より博士前期・後期課程を対象とした情報科学研究科組込みシステム大学院コース、2007年4月より博士後期課程を対象とした情報科学研究科先端IT基礎コースを、それぞれ東京サテライトキャンパスにおいて開始している。これらの活動は、産業界に対する本学の社会的貢献という面で重要な役割を果たしている。
 一方、コンソーシアム型大学間連携に関しては、情報科学研究科において2002年度より国立情報学研究所、情報通信研究機構、産業技術総合研究所との間で教育研究交流プログラムJJREX(JAIST Joint Research and Education eXchange Program)が実施されている。また、北陸地区において歴史的・地理的に深い結びつきを持つ国立大学が、それぞれの独自性を維持しながら連携・協力を推進し、教育研究活動の活性化を図ることを目的とした北陸地区国立大学連合に参画し、単位互換を始めとする様々な活動を進めている。さらに、2007年10月にはベトナムの高等教育機関との国際的な連携による独自の教育研究活動の創生を目指す国際デュアル大学院の開始も予定されている。これらの活動は,教育研究双方における国内外機関との緊密な連携を通じて、学生及び研究者間のより一層の交流を推進しようとするものである。
 これら一連の教育の充実・展開においては、地理的・時間的な制約条件を乗り越えるために、必然的に遠隔教育への取り組みが重要となる。本学では遠隔教育の実施にあたって、全学横断機能組織である遠隔教育研究センターを設置し、遠隔教育の企画・研究・開発・運用を、各研究科や学内共同教育研究施設、事務部門等と連携して実施する体制を採っている。教育研究活動を通じた社会貢献を目指す本学にとっては、遠隔教育プログラムの実施にあたっても、様々な制約条件に適応した質の高い教育を体系的に実現していくことが要求される。
 本稿では、リアルタイム型遠隔講義/遠隔コラボレーションにおけるコミュニケーションモデルに基づいて遠隔教育研究センターが試行した実践事例を解説するとともに、これらの事例で得られた知見を整理するためのリアルタイム型遠隔講義のデザインパターンについて議論する。


2. 遠隔教育プログラムの分類
 遠隔教育プログラムの実現方法には様々な形態が存在するが、JAIST遠隔教育研究センターが本学において現在対象としている遠隔教育プログラムを分類したものを図1に示す。遠隔教育を規定する重要な要素としては、地理的・時間的制約条件が挙げられる。そこで図1では、横軸として集合教育・自己学習といった地理的な条件に係る軸を設定し、縦軸として同期・非同期という講義を受講する時間的な条件に関する軸を設定した。また、典型的な遠隔教育の形態を楕円形で、本学における具体的な実践事例を四角形でマッピングしている。
 なお本学では、研究科ごとにフォーカスする課題を絞ってプログラムを実践し、その成果を他研究科にフィードバックしながら学内に展開するアプローチを採っている。以下に遠隔教育の形態及び本学における実践事例について概説する。

図1. JAISTにおける遠隔教育プログラムの分類

2.1 遠隔教育プログラムの形態
SCS:Space Collaboration System
 衛星通信を利用し、講義・講演を広範囲に同報的伝達
Video Conf.:ビデオ会議システム
 専用システムにより、IPネットワークで遠隔拠点間を接続し、双方向会議・セミナー配信
REAL:リアルタイム双方向遠隔教育システム
 専用講義室間をIPネットワークで接続し、双方向遠隔講義配信
VOD:Video on Demandシステム
 通常講義で収録した映像・音声を、学習者の要求に応じてオンデマンドストリーミング配信
WBT:Web Based Trainingシステム
 専用スタジオ等で開発したリッチメディアコンテンツを、学習者の要求に応じて配信
2.2 JAISTにおける主な取り組み
SCS (1997〜):
 メディア教育開発センターのリーディングの元、全国的な講演等の受信 [SCS]
JJREX教育研究交流 (2002〜): [1]
 JAIST情報科学研究科、国立情報学研究所、通信総合研究所、産業技術総合研究所間の遠隔教育によるドクターコースプログラム [REAL,VOD]
単位互換協定 (2002〜):
 工科系単科大学間コンソーシアム、高等教育IT活用推進事業等の単位互換協定に基づく蓄積型リッチメディアコンテンツの相互配信 [WBT]
東京サテライトキャンパス (2003〜): [1]
 TV会議セミナー/オフィスアワー、リアルタイム型及び蓄積型遠隔教育環境を利用した、MOTコース、組込みシステム大学院コース、先端IT基礎コースにおける社会人教育 [Video Conf.,REAL,VOD,WBT]
北陸地区国立大学連合 (2004〜): [1]
 北陸地区国立大学連合におけるインフラ整備事業の一環として導入された大学間双方向遠隔授業システムの試行 [REAL]
情報科学研究科全講義収録・配信 (2005〜): [2]
 情報科学研究科の全ての講義を収録し、対面講義の補完教材として学内配信 [REAL,WBT]
公開講座・イベント配信 (2005〜):
 対外アピールの一環として、公開講座やイベントを学外配信 [VOD,WBT]
SOI-Asia連携 (2006〜):
 アジア諸国の高等教育に衛星を利用したインターネットを使い、比較的広帯域なリアルタイム遠隔講義を実施 [REAL]
ベトナムデュアル大学院 (2007〜):
 デュアル大学院における遠隔講義のテストを兼ねた遠隔セレモニー中継や遠隔会議の試行 [Video Conf.]
PC遠隔会議システム (2007〜):
 Webカメラを接続したPCを相互接続し、簡単な操作で多人数が参加可能な遠隔会議 [Video Conf.]
2.3 遠隔コミュニケーションモデル
 本稿のテーマであるリアルタイム型遠隔講義を対象に、遠隔教育環境を設計するための指針を整理するために筆者らが提案した遠隔コミュニケーションモデルを図2に示す[1]。このモデルが示す重要なポイントは、講義形態、講義参加者、物理的条件に応じて、教室間コミュニケーションを実現するための図中央の遠隔講義システムの要求要件が決まる点である。

図2. リアルタイム型遠隔コミュニケーションモデル



3. 実践事例

3.1 北陸地区国立大学連合双方向遠隔授業システム

 北陸地区国立大学連合双方向遠隔授業システムとは、北陸地区国立大学連合におけるインフラ整備事業の一環として、2005年3月に図3に示す北陸地区の6大学(当時,現在は4大学)計14教室に導入されたものである。このため、本システムの中核部分については、共通仕様策定委員会で取りまとめを行い、大学間で統一されたものとなっている。

図3. 双方向遠隔授業システムの設置状況(2005.3)

 本システムでは教室の規模に応じて大・中・小の3種類の教室設備が導入されている。各教室の基本仕様を表1に、構成概要図を図4に示す。大学間の映像音声伝送には学術情報ネットワーク(SINET)を利用しており、1講義あたり最大4教室(講師側:1教室、受講側:3教室)が接続できることに加え、同時間帯に複数の講義を開催することが可能である。また、配信映像のビットレートはネットワークの帯域状態により、HDTV(ハイビジョン品質:18Mbps)、SDTV(一般テレビ品質:4Mbps)、H.323(テレビ会議品質:2Mbps)を動的に切替えて伝送することができる。これらの機能の実現に必要な講義開始・終了時の処理は事前に登録された講義スケジュールに基づいて自動で実施されるため、講義時の教室における設定はタッチパネルにより容易に行うことができる。なお、本学では石川キャンパスに大教室及び小教室、東京サテライトキャンパスに小教室の合計3教室を設置しており、石川キャンパスと東京サテライトキャンパスの間は200Mbpsの専用線で接続されている。また、遠隔講義時のシステムサポートについては、原則的に遠隔教育研究センターのスタッフが教室に一名就き、システムの準備、トラブル対応等を実施することとしている。
 利用事例として、2005年8/5-6,18-20の日程で本システムを利用して実施された、知識科学研究科MOT 講義の「K412知識社会論(近藤修司教授)」の講義概要について述べる。講師側教室は東京サテライトキャンパス(小教室)で、受講側教室は8/5,6,18が石川キャンパス中講義室(大教室)、8/19,20が石川キャンパス遠隔教育ルーム(小教室)であった。受講者は東京で各日程それぞれ約27名,石川でのべ34名(各日程で3名〜14名と変動)であった。本講義は、講義中に小グループによるディスカッション及びグループ代表者による発表の時間がかなりあり、受講側教室において講師側教室の講義内容を把握するために、講師映像、資料映像、講師側教室の学生映像の3種類の映像受信を行った。
 今回の構成では講師側教室の講師映像及び受講側教室の学生映像をSDTV、講師側教室の学生映像をH.323で伝送し、映像音声の遅延はほぼ0.5秒程度とディスカッションを行う上で十分な環境であった。
 本システムは特に大教室においては当初から3種類の映像受信が可能な教室設備を設置しており、小教室についても比較的容易に拡張が可能である。このため、要求された3種類の映像受信は問題なく実現できた。また、システムの大部分が連携・自動化されており、操作卓により容易に制御できる構造となっているため、一般的な講義形態、特に多人数で利用する場合は、定期的な運用にも十分耐えうるものであるといえる。しかしながら、大学院教育に特化した本学において本システムを展開する際には、システムの共通仕様には反映されにくい細部の要件を実現するためのカスタマイズに対して、様々な困難が生じる面もあった[3]。

表1. 北陸地区遠隔授業システムの基本仕様


図4. 北陸地区遠隔授業システムの構成概要図

3.2 ビデオ会議システムを活用した遠隔講義
 ビデオ会議システムとは、Sony社の PCSシリーズやPolycom社のVSXシリーズに代表されるH.323プロトコルを利用したIPベースの遠隔会議システムである。システムの基本機能は遠隔会議向けであるが、教室設備を適切に組み合わせることによって、大規模な遠隔講義に活用することも可能である。ここでは、東京サテライトキャンパスと石川メインキャンパスを接続してJJREXプログラムのリアルタイム遠隔講義を実施するために構築したシステムの概要について述べる。
 教室の基本仕様を表2に、構成概要図を図5に示す。本構成で利用したSony PCS-1はH.323接続で最高1920Kbpsまでの通信が可能であるとともに、動画+PC画面(XGA)の送受信を行うことができるH.239デュアルストリーム機能を有する。そこで、東京キャンパスに2台のPCS-1を設置し、複数拠点へ配信できる構成とした。また、2台のPCS-1を東京キャンパスの前方と後方に設置し、一方のカメラ映像を他方の外部入力ソースとして利用できるようにすることにより、教室前方の映像と教室後方の映像を必要に応じて切り替えて配信することが可能となっている。さらに,PCS-1はWebインタフェースを介してカメラ制御をはじめとするほぼすべての制御をリモートで行うことが可能であるため、講義中のシステムサポートは、遠隔教育研究センターのスタッフが別室でシステム準備、カメラ操作、トラブル対応等を実施する体制とした。

表2. ビデオ会議システムの基本仕様


図5. ビデオ会議システムの構成概要

 2005年1/ 17-19, 26, 27の日程で、JJREXプログラム遠隔講義の「I624A Model-Checking of Software Design(中島震 客員教授)」を本システムで実施した。講師側教室は東京サテライトキャンパスで、受講側教室は石川キャンパスコラボレーションルームであった。また、受講者は東京キャンパスで1名、石川キャンパスで10名であった。本講義の特徴は、講師側教室の受講者が少ないことから、受講側教室表示用のモニタを講師の正面に設置して、講師側教室をスタジオ的に利用した点と、講義時間中にPC画面上でのデモや演習時間を多く取り入れ、その時間を活用して、受講側教室の質問を積極的に受け付ける形で講義を進めた点であった。
 今回の講義では講師側教室の講師映像及び受講側教室の学生映像はH.323/2Mbpsで伝送され、映像音声の遅延はほぼ0.5秒程度であった。なお、本講義時の東京サテライトキャンパスは石川キャンパスと200Mbpsの専用ネットワークで接続されていた。
 一般にリアルタイム型遠隔講義を実施する上で、システムサポートのコストは大きなものとなりやすい。特に本講義のように地理的に大きく離れたキャンパスとの接続を行う場合には、システムサポートスタッフをどのように配置するかは運用上重要なポイントとなる。本システムは、カメラ操作をはじめとするほぼすべての管理をリモートで実施できる構成としたため、ハードウェア障害以外の管理作業については十分に対応可能であった。

3.3 DVTSを活用した遠隔コラボレーションシステム
 DVTS(Digital Video Transport System)とは、高品質な動画像をIPネットワークで送受信するためのシステムであり、IEEE1394でPCと接続したカメラの映像を手軽に配信することが可能である[4]。ここでは、本学とベトナム国家大学とのデュアル大学院プロジェクトの中で行われた遠隔コラボレーションを実現するために構築したシステムの概要について述べる。
 教室の基本仕様を表3に、構成概要図を図6に示す。本構成で利用したDVTSは約30Mbpsの広帯域が必要であるが、低遅延でかつ高精細な映像音声を手軽に送受信することが可能である。なお、DVTSではPCの画面映像などを直接配信することはできないことから、ここでは、ダウンスキャンコンバータによりNTSCの信号に変換したものを必要に応じて映像切り替えやPinP(Picture in Picture)することにより配信する構成となっている。
 2007年6月25日に、ベトナム国家大学ハノイ校にデュアル大学院プロジェクトの交流拠点としてJAIST-VNUオフィスが開設されたことを記念して、JAIST遠隔教育ルームとVNU-ColtechコンピュータセンターをDVTS遠隔コラボレーションシステムで接続し、双方からの挨拶や簡単なディスカッションなどを行う開所式を実施した。参加者はJAISTで約20名、VNU-Coltechで約30名であった。本コラボレーションの特徴は、日本とベトナムを国際的なネットワーク回線および比較的容易に構築可能なDVTSを利用して接続することにより、ネットワーク環境以外の特別な設備がなくても、相互通信が可能であることを示したことにある。
 今回のコラボレーションでは双方教室の映像音声はDVTS/25Mbpsで伝送され、映像音声の遅延はほぼ0.6秒程度であった。なお、両校の接続にはWIDE、APAN、TEIN2といった学外ネットワークを経由しており、最も帯域の狭いTEIN2からVNU-Coltechのネットワーク帯域が45Mbpsで接続されていた。
DVTSは低遅延かつ高精細な映像配信が可能であるが、広帯域を利用するため、ネットワーク状況による影響を受けやすい。遠隔教育研究センターでは、2006年12月から10回以上のDVTSによる遠隔ミーティングやセレモニーの試行をVNU-Coltechと実施してきたが、帯域不足で正常に接続できないケースが2回程度見られた。また、DVTSは非常にシンプルな構成で遠隔コラボレーションを実現することができるが、例えば相手側サイトのスピーカで拡声された自サイトの音声が相手側サイトのマイクを通じて自サイトに聞こえてくるエコーの問題などについては、別途対策を講じる必要がある。

表3. DVTS遠隔コラボレーションシステムの基本仕様


図6. DVTS遠隔コラボレーションシステムの構成概要



4. 遠隔講義システムのデザインパターン

 遠隔講義環境の設計とは、想定される講義の制約条件に依存したコミュニケーションを実現するための具体的な方法を検討することであると言える。しかしながら、すべての制約条件の組み合わせを整理することでは容易ではない。また、実際の実践事例をそのまま他の環境の設計に適用することも、設計時の制約条件の優先順位の特性が大きく異なることから現実的には困難である。そこで本稿では、我々がこれまでに実施してきた遠隔講義に関する事例に基づき、典型的なコミュニケーションの構成要素や講義制約条件、システム構成要素をリストアップするとともに、断片化したシステム構成要素と講義制約条件とを対応付けたものを遠隔講義デザインパターンと呼ぶこととする。遠隔講義デザインパターンはこれまでに実施してきた遠隔講義環境の事例の中からGood Practiceを断片化して抽出したものと言える。遠隔講義デザインパターンを集積することにより、遠隔講義システムを設計する際に、講義における制約条件を満たすシステム構成事例を容易に検索可能とすることが最終的な目標となる。
4.1 遠隔コミュニケーションの構成要素と制約条件
 図2に示す遠隔コミュニケーションモデルは、コミュニケーションの「対象」(講師、受講者、受講側教室の「場」など)、「方向」(講師から受講者、受講者から講師など)、「内容」(講義、質疑応答など)、「頻度」(講義中に実施されるコミュニケーションの量)、「品質」(映像品質、画角、見やすさ、音声品質、話しやすさなど)の5つの要素から構成されているものと考えられる。
 遠隔講義環境におけるコミュニケーションの「対象」、「方向」、「内容」、「頻度」を規定する最も基本的な制約条件は、遠隔講義におけるコミュニケーションの目的である表4に示すように、知識伝達のための講義とディスカッションでは、教室間で要求されるコミュニケーションの内容や頻度がまったく異なるものとなる。

表4. コミュニケーション目的の分類

 一方、講師や科目の特性によって、講義において利用されるホワイトボードやパワーポイント等の講義メディアも異なったものとなる。このことは、受講側教室にコミュニケーションすべき「内容」が講義で利用されるメディアによって異なることを意味する。また、遠隔講義を実施する接続拠点の数、各拠点で参加する受講者やTAの数もコミュニケーションの「対象」や「頻度」に影響を与える。例えば、講師側教室に受講者がまったくいない場合は、受講側教室の学生は講師とのコミュニケーションが中心となるが、講師側教室に受講者がいる場合には、講師側教室で行われる質疑応答を受講側教室でモニタリングしたり、講師側教室と受講側教室の学生間で議論を行ったりといったコミュニケーションが発生する。また、TAが受講側教室で参加している場合は、講師の説明の不足分を補足したり、講師から受講者,受講者から講師へのコミュニケーションを円滑に進めるといった活動が行われる。表5では、講義メディアの種類、受講拠点数、講義参加者およびTAの数を分類したものを示す。

表5.その他の遠隔講義制約条件の分類

4.2 遠隔講義システムの構成要素
 遠隔コミュニケーションを構成する最後の要素であるコミュニケーションの「品質」は本質的には遠隔講義システムが提供する機能に依存する。実際に要求される「品質」は4.1節で述べた講義制約条件を考慮した上で、ネットワーク帯域や講師の講義方法、システム管理運用方法などを反映して決定することになる。
 遠隔講義システムの基本的な品質は、拠点間の通信システムに何を選択するかによって規定される。通信システムの選択にあたっては、接続拠点数や拠点間のネットワーク帯域などをまず考慮した上で、相互接続可能な方式を決定する。 次に検討すべき項目として挙げられるのが音声システムである。遠隔コミュニケーションの中心的な役割を果たすものは音声であると考えられるが、他の拠点に対して音声を配信するためには、システムに音声を入力する方式を決定しなければならない。また、遠隔コミュニケーションにおいて利用される映像情報は多岐に渡るが、その入力および出力方法については、通信システムや教室環境に左右されるため、それらの条件に応じて最適な方法を検討しなければならない。
 さらに、実際の運用にあたっては、それぞれの遠隔講義環境で不足する機能を必要に応じてシステムの追加拡張や人的リソースで補いながら、より適切な遠隔講義環境を目指すことになる。表6に遠隔講義システムの構成要素と検討範囲を整理したものを示す。

表6. 遠隔講義システムの構成要素



5. まとめ

 本稿では、リアルタイム型遠隔講義のデザインパターンを検討することを目的に、本学で実施した実践事例について紹介し、遠隔コミュニケーションモデルに基づいてリアルタイム型遠隔講義の制約条件及び遠隔講義システムの構成要素について整理した。具体的なデザインパターンの集積・整理はこれからの課題であるが、本稿のまとめを兼ねて複合的なデザインパターンの一例を図7に示す。本パターンは知識伝達及び質疑応答を行う講義というコミュニケーション目的のもとで、講義メディアとしてPC画面を利用する1対1接続かつ両方の教室で受講者がいるケースを想定したものである。こうした講義では、講師と受講者のインタラクションの他に、他拠点の受講教室の「場」を把握する必要性が高くなると考えられる。本パターンの特徴は、両教室に2台のビデオ会議システムを設置する点にある。講師側教室ではシステム前後に配置することにより講師映像と受講者映像を同時配信し、受講側教室では左右に配置することにより受講者映像を大きく配信することが可能である。そのため、それぞれの教室で他拠点の場の雰囲気をつかみやすい構成となっている。
 今後の課題としては、デザインパターンの検討をリアルタイム型遠隔講義だけでなく、蓄積型遠隔講義を含む遠隔教育プログラム全体に展開することが挙げられる。また、遠隔講義環境を提供する立場としては、より多くの遠隔講義を配信しながら安定稼動の実績を積み重ねるとともに、PDCAサイクルに基づき、遠隔講義の学内展開を加速させていきたい。

図7. 複合デザインパターンの一例

参考文献
[1] 長谷川,但馬,二ツ寺,安藤:“多様なメディアを利用した同期型遠隔講義環境の構築・実践”,メディア教育研究,Vol.2,No.2,pp.79-91, (2006).

[2] S.Hasegawa, Y.Tajima, M.Matou,M.Futatsudera, T.Ando: "Case Studies for Self-directed Learning Environment Using Lecture Archives", The Sixth IASTED International Conference on Web-based Education,(2007).

[3] 長谷川,但馬,二ツ寺,安藤:“北陸地区遠隔授業システムを利用した遠隔講義の実践”,教育システム情報学会研究報告vol.20 no.4 pp.21-26,(2005).

[4] DVTSコンソーシアム,http://www.dvts.jp/

【用語解説】
MOT :
Management of Technology
HDTV :
High Definition TeleVision 高精細テレビ
SDTV :
Standard Definition TeleVision 標準テレビジョン放送
H323 :
(H.323規格) IP網でリアルタイムの音声・動画通信を行うための ITU-T(国際電気通信連合)制定による通信プロトコルの標準
H239 :
(H.239規格) ITU−Tで勧告された二つの映像を同時に伝送する規格。映像にくわえ1つ以上の付加データを用いたビデオ会議を可能にする規格
WIDE :
Widely Integrated Distributed Environmen
APAN :
Asia-Pacific Advanced Network
TEIN2 :
Trans-Eurasia Information Network
TA :
Teaching Assisatnt

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