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2005年度研究教育環境分科会 第2回会合「ITを活用した授業支援−ユビキタスラーニングと情報管理−」

変動と多様性の社会でのu-学び
(Universal and Ubiquitous Learning)
−学習開発の方法論と設計手法−


■講演内容
  1. 開発された授業の枠組み
  2. これからの情報通信技術と学習

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プレゼンテーション資料 PDF file
写真_西之園氏

佛教大学 教育学部
(NPO法人学習開発研究所)
西之園 晴夫

 
アブストラクト
ユビキタスICTの発達によって、教えることと学ぶこととの関係が逆転しつつある。わが国は20世紀には大学から学校、幼稚園にいたるまできわめて組織的な教育が行なわれて、世界でもっとも成功した国であった。しかし今、中学校段階での不登校生徒の増加、ニートの急増などにも見られるように、個人の学習ニーズに学校組織が対応できなくなっている。その反面、ケータイによる英語学習、テレビ番組、さらにはインターネットの活用で、学校外での学習が組織的で身近なものになっている。このような学習の開発の方法論と設計手法を具体的に紹介する。
キーワード
ユビキタス情報社会、変動社会、多様性社会、学習開発、ケータイ


1.開発された授業の枠組み
     わが国が当面している課題のひとつに子どもや学生が学習意欲を失い、学ぶことへの関心が薄いということがある。社会の情報化が学校外での情報過剰を生み、学習すべき内容が学校外で習得できるようになっていることや、学校教育を凌駕するような学習塾の充実振りもあって、従来からの学習指導では対応できない状況になっている。
    図1 協調自律学習の開発の枠組み
    図1 協調自律学習の開発の枠組み
     
     ところで大学も少子化にともなって学生の学力や興味関心は多様化しているが、財政的な理由から多人数教育は避けて通れない。そのようななかで200名前後の多人数授業を担当している筆者としては、これまでの経験をもとにして情報化に対応できる教育技術の開発を目指して研究してきた。従来の授業では教育理念や教育目標が出発点となってきたが、筆者の授業では学習者が積極的主体的に学習に参加することを第一の目的としている。成果としては半期15週の授業で協調自律学習を実現しているが、大学での授業評価で図2に示すように他の多人数授業(140名以上の受講者)と比較しても効果のある授業を実現している。
     ここでの授業開発のスタンスは、授業として実現したことから教育技術を見直し、他でも適用できるものに洗練するとともに、教育実践の理論へと検討すること、そして何よりも海外でも通用する教育技術にすることである。これまでにもアメリカやヨーロッパの学会などで紹介してきているが、現在までに成功している開発技術の方法を整理して紹介する。
     開発している授業は教職科目の「教育方法学」であるが、これまでの最多受講者数は276名である。開発しているのは今後ますます重要になるチームワークの基礎能力を習得するために、学習者の学習ニーズや学習目標を重視して、協調し自律して学習できるシステムである。使用しているメディアは印刷教材とケータイ(学習管理システムはC-Learning)が基本であり、授業時間外に大学のコンピュータを使用したり自宅や下宿でインターネットにアクセスしたりしている学生もいるが、自分のコンピュータを所有していなくとも学習には不利にならないように配慮している。

    図2 大学の教授法開発室による授業評価の結果
    図2 大学の教授法開発室による授業評価の結果
    この授業の開発のためにつぎの5段階で設計し、評価し、改善している。
    1. 基本理念:授業として実現したい目的、目標、形態について記述する。
    2. 隠喩と相似(メタファーとアナロジー) :喩えや相似性で他の技術から借用した枠組みを参考にする。
    3. イメージ:基本理念を実現するための枠組を具体的に表現する。
    4. モデル:設計するときのガイドあるいはテンプレートとして参照する枠組み。
    5. 命 題:判断や状況を文章で記述する。
    以上のような枠組みであるが、具体的にはつぎのようになっている。
    1.基本理念: 多人数授業において協調学習と自律学習の学習形態をとりながら、未来の学校を構想し、そこでの学習指導についての考えを展開できる。
    2.隠喩(メタファー): この授業では醸造技術とパラグライダー技術をメタファーとしている。コース全体の教育技術は金工や木工などの加工技術ではなく、生化学的な反応である醗酵に応じて対応する醸造技術がメタファーである。特にコースの後半は降下するだけのパラシュートから発達し、滑空するがしだいに降下する座布団型のグライダー、そして上昇気流を利用して長距離飛行できる飛行翼型(2003年で400Km以上!)の現在のパラグライダーである。この間に2回のブレイクスルーがある。
    3.イメージ:
    図3 醸造技術をメタファーとしたイメージ
    図3 醸造技術をメタファーとしたイメージ
    図4 協調自律学習のイメージ
    図4 協調自律学習のイメージ
    メタファーをさらに具体的に表現したもので,中間発表がチーム学習による協調学習の成果となり、さらに一人ひとりが自律しながら協調して学習できるのが後半の目的である。それをイメージ図として示したのが図3である。まず学生の問題意識から出発し、チーム討議を重ねながらチーム発表の準備をして中間発表へと進む。後半は個人の調査とチームによる情報収集を図りながらチーム討議を継続し、個人でレポートを作成する。
    4.モデル:
    図5 授業設計のMACETOモデル
    図5 授業設計のMACETOモデル
    さらに具体的に授業の設計を実施するときに必要となる各要素を決定するためのテンプレートである。この授業での意味は2020年の学校を構想することであり、成果は中間発表と最終リポートならびに教育実践能力の自己評価結果である。この場合、用いたのは図5に示すようなMACETOモデルである。
    5.命題: 命題は一般に授業分析を実施しながら作っていくが、この例では約70命題が得られた。この命題を参照しながら翌年度の教材を修正していった。その事例は表1に示している。
    表1 授業設計での判断命題の一部
    表1 授業設計での判断命題の一部
     ユビキタス(ubiquitous)情報社会では、学習の主導権が完全に学習者の側に移る。このような状況のとき、特定の社会階層の人にとって有利なのではなく、すべての人(universal)によってもアクセスできる学習環境を構想していくことが大切である。不登校の子供たち、ニートと呼ばれている人たちにとっても、さらには失業者やホームレスにとっても最もアクセスしやすいメディアがケータイであると考えられている。このような状況で実現するのがu-学びである。このようなu-学びについては従来の教育機関、学校や大学においてはまだなお異質な存在、排除すべきメディアとしてしかとらえられていない。

2.これからの情報通信技術と学習


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