ホーム > イベント情報CD-ROMホーム > SS研HPCフォーラム2016 > 分科会レポート

SS研HPCフォーラム2016 分科会レポート
ポスト「京」の挑戦 〜サイエンスの未来〜

執筆:石田 崇 (宇宙航空研究開発機構)

はじめに

2016年8月26日に汐留にある富士通本社の大会議室においてSS研HPCフォーラム2016が開催された。今年のフォーラムは『ポスト「京」の挑戦 〜サイエンスの未来〜』と題して、3件の講演とポスト「京」重点9分野に関するパネルディスカッションで構成され、225名が参加と例年以上の賑わいを見せた。

開会挨拶では、松尾裕一会長(JAXA)が「従来考えられなかった分野にどうスパコンが貢献するかがこれからの課題」と述べたように、スパコンをただ開発・利用するだけではなく、どう運用・活用していくかを考えさせられるフォーラムとなった。


『深層学習とコンピュータアーキテクチャ』
  丸山 宏 ((株)Preferred Networks)

最初に(株)Preferred Networksの丸山宏氏による深層学習(deep learning)に関する講演があった。深層学習と言えば、プロ囲碁棋士を破ったAlphaGoのニュースが記憶に新しいが、今の人工知能の中心的技術・テーマである。従来の機械学習と深層学習の違いは、桁違いに多いパラメタとほとんど過学習しないという2点であり、深層学習に関連したアーキテクチャの動向としてはGPGPUの利用や低精度計算、重みの量子化やフォトニクスを利用した非線形変換などのアナログ計算が紹介された。深層学習の適用例としてAlphaGoやNVIDIAによる自動運転などが紹介され、Preferred Networksによるロボットカーの自動運転デモでは、最初は衝突しながら動いていた複数台のロボットカーが学習によって衝突せず安全に動き回る様子が紹介され、自動運転の未来を垣間見ることが出来た。質疑応答では、従来の機械学習との本質的な違いや変わった点などに関して大いに盛り上がりを見せ、深層学習の今後の発展や社会実装が大いに期待される講演であった。


『そのシミュレーション結果、「正しく」「楽しく」可視化しませんか。』
  瀬尾 拡史 ((株)サイアメント)

次に(株)サイアメントの瀬尾拡史氏によるシミュレーション結果の可視化に関する講演があった。タンパク質の立体構造可視化やマルチスケール・マルチフィジックス心臓シミュレータUT-Heartの解説3DCG映像制作を例に、研究者のための可視化と一般の人向けの可視化の違いや、シミュレーションで得られたデータを忠実に使った映像コンテンツ作成について紹介いただいた。映像制作の裏話では、ストーリーやナレーションを付ける際のコツや映像のカメラワークなど、限られた時間の中で見る人に分かりやすく伝える工夫などを紹介していただき、瀬尾氏が可視化の道を志すに至ったエピソードなどを含めて大変興味深い講演であった。


パネルディスカッション『ポスト「京」重点9分野がめざすもの』
  コーディネーター:庄司 文由 (理化学研究所)

パネルディスカッションでは庄司文由氏(理化学研究所)がコーディネーターを務め、公開の場でポスト「京」重点9分野の代表者が一同に会する非常に貴重なセッションであった。始めに各分野代表者のポジショントークとポスト「京」に期待することが述べられた後に、会場からの質疑に各代表が応える形でディスカッションが進められた。以下にパネリストからの研究紹介の要約を列記する(予稿集より抜粋)。

課題1:生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築
  奥野 恭史 (京都大学)

重点課題1では、ポスト「京」の演算能力を最大限に活かす分子シミュレーション技術(分子動力学計算アプリ)を開発し、生体内分子の長時間(ミリ秒レベル)の動きを捉えることで、生体分子システムの時間的空間的機能解析を実現する新たな分子生命科学の開拓と次世代創薬計算技術の開発を目指す。さらには、創薬計算フローを統合化したシステムを開発することで、高精度かつ超高速の革新的な創薬計算基盤の確立を目指す。

課題2:個別化・予防医療を支援する統合計算生命科学
  久田 俊明 ((株)UT-Heart研究所)

重点課題2では、環境・生体時空間的にゲノムから全身を捉え、がん・循環器系・神経系など全身の疾患に対して、病態の理解と効果的治療の探索法の研究を行い、その成果を個別化・予防医療へ還元する統合計算生命科学の確立を目的とし3つのサブ課題、A「大量シーケンスによるがんの個性と時間的・空間的多様性・起源の解明(宮野 悟)」、B「データ同化生体シミュレーションによる個別改良支援」(和田成生)、C「心臓シミュレーションと分子シミュレーションの融合による基礎医学と臨床医学の架橋」(久田俊明)を実施している。

課題3:地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築
  堀 高峰 (海洋研究開発機構)

重点課題3「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」では、過去の経験にもとづく従来の被害予測手法の限界を超えるため、地震・津波の発生過程、地震・津波が引き起こす被害発生過程、被害が引き起こす社会経済活動の低下回復過程をそれぞれ、大規模シミュレーションベースの数値解析コンポーネントとする統合的予測システムを構築する。これにより、震動や津波だけでなく地震発生や社会経済活動の予測に挑む。

課題4:観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化
  高橋 桂子 (海洋研究開発機構)

重点課題4「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」では、ひまわり8号のデータなどの観測ビッグデータを天気予測に初めて使用して、さらなる予測精度向上とより長いリードタイムを確保できる技術開発を最大のターゲットとします。特に豪雨や局所的大雨の現象の寿命を決定する物理的要因を解明し突風や土石流の被害に直結する要因の解明を目指します。さらに、台風の長期予測精度の向上およびPM2。5等の科学的動態特性の解明と予測の研究開発を実施します。

課題5:エネルギーの高効率な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発
  岡崎 進 (名古屋大学)

原子・分子のミクロな振る舞いが技術の中心的な役割を担っているため、課題の解決に計算科学の支援が不可欠となっているエネルギー技術について、大規模量子化学計算や分子動力学計算に基づいた研究を行っている。具体的には、太陽光エネルギーとして太陽電池、人工光合成、電気化学エネルギーとして二次電池、燃料電池、化学エネルギーとしてメタンハイドレート、二酸化炭素、触媒の研究、ならびにこれらの研究に不可欠なシミュレータの開発を行っている。

課題6:革新的クリーンエネルギーシステムの実用化
  飯田 明由 (豊橋技術科学大学)

我が国の自然エネルギー利用を推進するために、2030年には400万Kwのウィンドファームの開発が計画されています。ウィンドファームの性能を向上させるためには、風車そのものの性能向上に加え、風車の相互干渉による発電量の低減、翼の疲労破壊、年間発電量の予測に基づく最適配置法の検討が必要になります。本サブ課題では、従来の計算機環境では実現が困難であったウィンドファームの全体解析、空力・構造解析による翼の寿命・安全性評価、風車性能向上のための流体制御技術を開発することを目標とします。

課題7:次世代の産業を支える新機能デバイス・高性能材料の創成
  常行 真司 (東京大学)

私たちの課題では、国際競争力の高いエレクトロニクス技術や構造材料、機能化学品等の開発を、大規模超並列計算と計測・実験からのデータやビッグデータ解析との連携によって加速し、次世代の産業を支えるデバイス・材料を創成することを目的としています。高機能半導体デバイス、光・電子融合デバイス、超伝導・新機能デバイス、高性能永久磁石・磁性材料、高信頼性構造材料、次世代機能性化学品、およびそれらの共通基盤シミュレーション手法の研究を行います。

課題8:近未来型ものづくりを先導する革新的設計・製造プロセスの開発
  加藤 千幸 (東京大学)

HPCI戦略プログラム分野4「次世代ものづくり」では、京の性能を最大限に活かした大規模解析や多目的最適化の効果を実証した。重点課題8では、京のプロジェクトで明らかになった課題を解決し、実証研究の成果の実用化を加速するとともに、溶接や複合材料の製造プロセスにもHPC技術を応用し、ものづくり分野の主要な設計・製造プロセスを革新することを目標として、7本のアプリケーションの開発を進めている。

課題9:宇宙の基本法則と進化の解明
  青木 慎也 (京都大学)

重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」が目指すことは、素粒子から宇宙までの幅広いスケールにわたる様々な現象を精密に計算し、大型実験・観測と組み合わせて、素粒子・原子核・宇宙物理学全体にわたる物質創成史を解明することである。その目的を実現するために必要なポスト京に対する期待や要望も述べていきたい。

まとめ

各重点課題の代表者から出たポスト「京」に対する期待や要望としては、共通して実行性能やジョブ管理に関するものが多く、京での経験を反映したものとなっていた。質疑応答では会場からポスト「京」になっても今の計算アルゴリズムで大丈夫か?に関して質問があり、各重点分野によってアルゴリズムを根本から変えないといけないものや加速器を用いて対応するもの、まだ十分に対応できるものなど様々な回答があった。最後に小柳義夫氏(神戸大学)から総評があり、「今回のフォーラムでは、ポスト京に関して耐故障性、効率的な運用など重要な問題を指摘されたが、課題がたくさんあるのでユーザーも一緒になって考えていかないといけない」とのことであった。


『ポスト京の開発の取り組み』
  新庄 直樹 (富士通(株))

最後に富士通(株)の新庄直樹氏よりポスト京開発の取り組みに関する講演があった。ポスト京の開発にあたっては、「京」との連続性の堅持、電力あたりの演算性能の向上、オープンコミュニティとの連携と普及という要件に対して、レイテンシの高い演算性能と高いメモリバンド幅・スケーラビリティ、最先端テクノロジの使いこなしと制御およびオープンアーキテクチャへの移行が施策として紹介された。また、ARMと共にHPC拡張命令SVE(Scalable Vector Extension)を開発し、ポスト京に向けてCPUに実装することが紹介された。質疑応答ではSVEの詳細やキャッシュ制御等踏み込んだ内容のものが多く、ポスト「京」開発における要望の高さを反映していた。詳細なスペックが公開できるようになるのは2年後くらいとのことで、今後の開発動向が注目される。


閉会

フォーラムの最後に深沢圭一郎氏(京都大学)から講演やパネルディスカッションの総括があり、「HPCの広がりを感じてもらえるよう今後も皆さんに紹介していく機会を設けていく。」と挨拶があった。フォーラム後の懇親会も多くの参加者で賑わい、活発な意見交換が行われていた。

以上

SS研について

イベント情報

研究会活動

資料アーカイブ

情報発信

リンク集




鍵マークがついている情報の閲覧にはWebサイトIDが必要です。登録/変更ページへ
Webサイト閲覧時にIDが必要なページには、鍵マークが付いています(当CD-ROM内では不要)。
コンテンツの最新/詳細情報は、SS研Webサイトをご覧下さい。
All Rights Reserved, Copyright© サイエンティフィック・システム研究会 1996-2023