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科学技術計算分科会 2015年度会合 分科会レポート
エクサスケール時代のグランドデザイン

執筆:芳賀 臣紀 (宇宙航空研究開発機構)

はじめに

今年のメインテーマは「エクサスケール時代のグランドデザイン」である。2020年代に実現が予想されているエクサスケールに向けて、ポスト「京」に向けた取り組み、Big DataとExtreme Computingの融合、大規模データのストレージシステム、新しいプログラミングモデルの可能性など多岐にわたる講演が行われた。気持ちの良い秋晴れの下での開催となり、参加者は100名に迫る93名であった。

開会

初めに、小柳 義夫氏 (神戸大学)から開会の辞と開催趣旨の説明を頂いて昼の部が開幕した。

『「ビッグデータ同化」でゲリラ豪雨に挑む』
  三好 建正 (理化学研究所)

最初の講演は、三好 建正氏 (理化学研究所)による「「ビッグデータ同化」でゲリラ豪雨に挑む」というタイトルで、文字通り画期的な内容であった。天気予報の数値シミュレーションは、データ同化が最も進んだ分野の一つとして知られる。シミュレーションは現実世界の初期条件・境界条件が不明または設定が困難という問題がある一方、観測は得られるデータが限られており、それぞれ単独では限界がある。データ同化によって両方を組み合わせることで、現実世界の現象をより正確に予測することができる。実際、データ同化は数値天気予報の精度を左右する重要な役割を担っており、シミュレーションとデータ同化にかける計算時間の割合はほぼ同じであるという。

スパコン性能の向上に伴いシミュレーションによって得られる解析データは増え続け、また、観測機器の高精度化によって取得できるデータ量も増大している。例えばフェーズドアレイ気象レーダーは、従来のパラボラアンテナに比べ約100倍ものデータが得られるという。このような「ビッグデータ」に対しては、既存のデータ同化技術では対応しきれないため、三好氏らのグループでは「ビッグデータ同化」という技術革新に取り組まれている。過去に京都で起こった局地的豪雨の事例に対して「ビッグデータ同化」を適用し、観測データの再現に成功した例も既にあるという。「ゲリラ豪雨」が予測可能な「豪雨」になる未来はそう遠くなさそうである。

『FLAGSHIP2020プロジェクトとエクサスケールに向けたプログラミングモデルの課題』
  佐藤 三久 (理化学研究所)

2件目は、佐藤 三久氏 (理化学研究所)から、「FLAGSHIP2020プロジェクトとエクサスケールに向けたプログラミングモデルの課題」と題するご講演を頂いた。

はじめに、「京」の次のフラッグシップシステム、ポスト「京」の開発プロジェクトとして昨年からスタートしたFLAGSHIP2020について紹介があった。エクサスケールを見据えたポスト「京」の課題としては、更なるメニーコア化によるノード性能の向上に加えて、いわゆる「電力の壁」(Power Wall)の問題が指摘されている。ポスト「京」の仕様では約30MWという制約が検討されており、システムの稼働状況やアプリの特性に応じた電力制御(Power-knob)の必要性についても述べられていた。これらの課題を克服するため、システムとアプリのCo-designが重要であるという認識が広がっている。これまで日本では、主にターゲットアプリの性能を確保するという視点からアーキテクチャの設計が行われてきた傾きがあるが、今後はメニーコアなどの特徴を活かせるアプリ、プログラミングモデル、アルゴリズムの開発が必要となってきている。

プログラミングモデルについては、MPI+OpenMPの利用が主流になりつつあるが、メニーコア化でスレッド数が増加すると、ループ分割のオーバーヘッドやバリア同期のコストが顕在化してスケールしないという問題が指摘されている。これに対する打開策として、グローバルの同期を回避するマルチタスキングやPGASモデルの有効性について解説があった。PGASモデルのCoarrayなどが利用できる新しいプログラミングモデルとしてXcalableMP(XMP)の開発が進められているが、京コンピュータにおける気象コードの高速化例が紹介されており、今後の発展と普及が期待される。

『ファイルI/Oの分析と改善 〜ファイルシステム利用技術WG成果報告〜』
  藤田 直行 (宇宙航空研究開発機構)

続いて、藤田 直行氏 (宇宙航空研究開発機構)から「ファイルI/Oの分析と改善 〜ファイルシステム利用技術WG成果報告〜」と題して、2015年2月に2年半にわたる活動を完了したWGの活動報告を頂いた。計測機器の高精度化や計算処理性能の向上に伴い、より高速・効率的なデータの活用が求められているが、従来実施されている演算チューニングに対して、ファイルI/Oのチューニングについては性能を評価する手がかりがないという現状がある。そこでWGでは、ユーザの視点からストレージシステム利用における課題を議論し、性能改善の手がかりを提示することを目標にされたという。

ユーザが高い技術を必要とせずにアプリのI/O特性を簡単に把握し改善が行えるよう、4つのステップが紹介された。ジョブ終了時のCPU時間と実行時間の比からI/O比率を簡易的に確認するステップ1、想定I/O量に対する実際のI/O量などを確認するステップ2、そして、実行ジョブが発行するシステムコールを分析するステップ3までがユーザが実施する項目であり、特にステップ3についてはWGで開発された分析ツールIO-Dockの使用法の説明があった。IO-Dockは、ファイルシステムに関連するシステムコールの処理回数、実行時間、I/O量などを集計することができ、会員各機関における本ツールを用いた事例について紹介があった。例えばシステムコールの呼び出し回数が多い、またはエラーとなっているものを発見し、処理コマンドを変更することで、呼び出し回数を激減させ、プログラム全体の処理速度を約3倍も高速化できた事例があるという。他にも計算機環境の変化に合わせたチューニングの必要性を指摘したり、ファイルシステムの設定ミスや非効率なバッファリング動作の発見にも役立ったという。本ツールは下記SS研サイト内(https://www.ssken.gr.jp/MAINSITE/download/wg_report/fs/application.html)で公開されており、一度試してみたいと思う。

『アプリケーション性能によるPRIMEHPC FX100の評価』
  三吉 郁夫 (富士通株式会社)

4件目は、三吉 郁夫氏 (富士通株式会社)から、「アプリケーション性能によるPRIMEHPC FX100の評価」と題してご講演頂いた。2015年度から複数のサイトで一般運用が始まったFX100について、各種ベンチマークおよびアプリに対する性能評価について紹介があった。

FX10からの主な機能強化として、コア数とSIMD幅がそれぞれ倍の32コア、256ビットとなっており、16コアあたりの演算性能がFX10の2倍(倍精度)および32スレッド実行が可能(16スレッドに対しほぼ2倍の性能向上)となっている(いずれもHimenoベンチマーク結果)。ノード間の性能についても、追加された2つのアシスタントコアによって通信/演算オーバーラップが容易になり性能向上が得られるという。

アプリケーションカーネルとしてNAS Parallelベンチマークおよび日本発のミニアプリ集であるFiberミニアプリに対する性能評価も行われており、アプリの種類にもよるがFX10に対して3.3~3.9倍、Xeon Haswellに対して1.2~1.5倍のノード性能を確認しているという。Haswellと比較すると、メモリ律速のアプリには強いがSIMD化難の場合に課題があるようである。C++アプリについてもOpenFOAMによる評価が紹介され、性能改善の取り組みが進んでいる。C++向けのSIMD化が課題であるが、開発版のコンパイラではC++11規格に対応するなど、チュートリアルケースで平均18%の性能向上が得られているという。

筆者の所属するJAXAでも今年4月からFX100システムの運用が始まっており、個人的にはきちんとチューニングした分だけ性能が伸びる、使いやすいシステムという印象を持っている。今後のポスト京・エクサ世代の開発にも期待したい。

『タスクフォース「今後のHPC利用環境のグランドデザイン」提言に関する意見交換』
  コーディネータ 村上 和彰 (九州大学)

昼の部の終わりは、「今後のHPC利用環境のグランドデザイン」タスクフォースの提言に関する意見交換が行われた。初めにパネリストの藤井 孝藏氏 (東京理科大)と水野 雅彦氏 (豊田中央研究所)から、今後のHPC利用環境に関して、HPCIコンソーシアムとスーパーコンピューティング技術産業応用協議会(産応協)におけるそれぞれの検討状況の紹介があった。持続可能なHPCIや産業界での普及について問題提起があった。これを受けて村上 和彰氏 (九州大学)から、1)HPCI全体最適化、2)アプリ開発の負のスパイラルからの脱却、3)ユーザの利便性を第一に考えた組織再編、という3つの提言骨子が提起された。会場からは、国内HPC人口および産業の厳しい現状認識がある一方、「京」によって新たなユーザが生まれHPC利用の機運の高まりもあり、フラッグシップシステムに次ぐ情報基盤センターなど第2階層の差別化や特徴づけが必要ではないかという意見もあった。外国製ISV利用の多い産業界では利用するハードも異なり、その間を埋めるようなインフラとサービスを併せ持ったプラットフォーマーとしての役割についても活発に意見が交わされていた。

閉会

最後に、田中 輝雄氏 (工学院大学)から閉会の挨拶を頂き、昼の部は閉幕となった。

『専用機、アクセラレータに未来はあるのか?』
  モデレータ 姫野 龍太郎 (理化学研究所)

恒例の夜の懇談会では、「専用機、アクセラレータに未来はあるか?」というテーマで、モデレータの姫野 龍太郎氏 (理化学研究所)から、アクセラレータを取り巻く現況の整理があり、続いてパネリスト(黒川 原佳氏 (理化学研究所)、下川辺 隆史氏 (東京工業大学)、牧野 淳一郎氏 (理化学研究所)、安島 雄一郎氏 (富士通株式会社))によるプレゼンが、運用、開発者、利用者の立場から行われた。HPC分野に限らず、PC市場の拡大が終わるポストXeon世界の予見や、専用機開発によるベンチャーチャンスが窺える一方、特定市場でのアプリの寡占化の傾向など、スマートフォン市場の分析例も交えてディープな議論が展開された。


おわりに

筆者は今回初めて分科会に参加しレポート執筆の機会を頂いたが、ダイナミックな変遷途上にあるHPC関連分野の多面的な議論の場に参加し、大変興味深く勉強になった。若手の参加者が少ないという声も一部であったが、アクティブな研究者・技術者と交流できるとても楽しい場であると感じた。

以上

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