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2007年度合同分科会 「ICT社会を支える人"財"像」 基調講演

予測の時代の計算科学


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写真_茅氏

理化学研究所 中央研究所
所長 茅 幸二

 
アブストラクト
 これからの科学研究は、共通して「個の科学からシステムの科学」へと向かっている。数年後に発足する巨大計算機のプロジェクトは、物質科学・生命科学のみならず、精緻に設計された自然の摂理をシステムとして取り出し、利用するための計算科学という新分野をさまざまな研究分野の共同作業によって構築することが必要であり、計算機科学、計算科学とそのアプリケーション分野の先端を把握し、リーダーシップを取る人材を輩出することが現在求められている。
キーワード
予測、計算科学、ペタフロップス計算機
 



     21世紀は予測の時代であるとされている。社会のあらゆる面が正しい予測のもとに進行する時代では、その定量化のための手段としてコンピューターは必要不可欠なものである。コンピューターなどによる精度の高い予測のためには、その事象を記述する定式化が必要であることは説明の要もない。高層建築物、宇宙船などの設計は前述の要件を充たすものであるが、本講演者の専門であるナノ分野の研究は、実験なしの理論予測を鵜呑みにするには、まだ年月を必要とする現状である。分子の構造、電子状態の理論的研究がわが国で活発になって30年以上経過しており、かなり複雑な分子でもその構造について正確な予測計算が可能となった。ナノメーターサイズの原子・分子の集合になって多くの場合、触媒、一電子素子、磁性体メモリーなどの機能発現が期待される。この領域は原子・分子の10から1,000個程度の集合となり、理論予測なしに原子分子を組み合わせて機能物質を創りあげることは難しい。ベル研究所でのFETの開発研究のデータ捏造事件は、この領域研究の再現性、予測の難しさを如実に示した例である。下図は、計算機シミュレーションで既存のスーパーコンピューターでなされている領域を点線の下部に、これからなされるべきものを上部に示している。現状ではナノデバイスの部品程度、生命体ではタンパクの限られた大きさのみが対象となっていることがわかる。ペタフロップス計算機になり、システムとしてのナノエレクトロニクス、生命機能素子を予測する日の到来が待たれる。

     特に、生命科学分野において、ゲノムが解読され、ゲノムからタンパク、細胞、組織あるいは臓器といった階層構造によって生命機能が発現されていくことが実証されている現在、このような道筋を正しく理解し、定量化された生命観、そして医療など社会貢献を加速することが望まれている。
     ペタフロップス計算機は、10ナノメーターサイズの分子集合までのかなりの厳密計算を可能とすると同時に、臓器全身スケールのシミュレーションによる医療への対応などが期待される。また、計算機の持つ膨大なメモリー、演算能力を利用して、情報学的手法として生命科学の基盤を作ってきたバイオインフォーマテックスの世界をより広大にそして精緻なものとすることが可能となる。

     これからの科学研究は、共通して「個の科学からシステムの科学」へと向かっている。数年後に発足する巨大計算機のプロジェクトは、物質科学・生命科学のみならず、精緻に設計された自然の摂理をシステムとして取り出し、利用するための計算科学という新分野をさまざまな研究分野の共同作業によって構築することが必要であり、計算機科学、計算科学とそのアプリケーション分野の先端を把握し、リーダーシップを取る人材を輩出することが現在求められている。


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