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2006年度合同分科会 「次世代のIT社会を予想する」 特別報告

富士通のナノテクノロジー


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写真_横山氏

株式会社 富士通研究所
横山 直樹

 
アブストラクト
 ナノテクノロジーには、大きな物を加工しナノ寸法まで微細化するトップダウンのナノテクノロジー、原子・分子を積み重ねてナノ構造体を作り上げるボトムアップのナノテクノロジー、そして、ナノの世界で工学と生物学との融合をはかるバイオナノテクノロジーの三つの分野がある。富士通研究所では第二と第三の分野の研究を推し進めるナノテクノロジー研究センターを創設し、新しいナノ材料として期待されるカーボンナノチューブや量子ドットの作成・応用技術、ポストITとして期待される量子情報技術、そして将来の医療・健康ネットワークのキーデバイスとなるプロテインチップの研究開発を行っている。
キーワード
ナノテクノロジー、量子ドット、カーボンナノチューブ、量子情報、量子暗号、ナノバイオ



ナノテクノロジーと情報技術
     米国のクリントン前大統領の発表した「国家ナノテクノロジー戦略」により、「ナノテクノロジー」が一躍有名となった。ナノメータの世界を人間が制御することにより、あらゆる材料、そしてあらゆる産業分野に技術革新をもたらす可能性がある事が広く認識されるようになったからである。本稿では、情報技術(IT)から見て、ナノテクノロジーとは何かを考えて見よう。
     情報技術を支えるハードウェアとして、情報を処理する半導体集積回路、情報を蓄える情報ストレージ、情報を伝達するネットワークデバイスがある。半導体集積回路の高性能化はトランジスタの微細化により成されてきたが、トランジスタの最小寸法(ゲート長)は、既にナノメータの世界に突入している。情報ストレージでは、磁気記憶媒体の一ビットの情報を蓄える領域がナノメータサイズにまで小さくなっており、また情報を読み書きする磁気ヘッドには、ナノメータ厚の磁性薄膜を制御したGMR(巨大磁気抵抗)膜が使われている。ネットワークデバイスとして、化合物半導体を用いた発光素子や受光素子、そしてギガビット動作やギガヘルツ動作可能な化合物半導体デバイスが使用されているが、いずれも、ナノメータ領域で制御された化合物半導体へテロ接合構造が使われている。即ち、既にナノテクノロジーは、情報技術にとって必要不可欠な技術となっている。
     半導体集積回路の高速化と高集積化への要求はこれからも続くと考えられる。低消費電力化をはかるためにも、今後ともトランジスタの微細化を進める必要があり、ゲート長で、30から10ナノメータ程度にまで微細化しなければならない。このとき、トランジスタとしての性能を引き出すためには1ナノメータ程度の膜厚のゲート絶縁膜が必要となる。情報ストレージでは、2010年頃には、1平方インチ当たり1テラビットの記録密度を達成させる必要があるが、このとき、数ナノメータサイズのビットサイズを実現できるナノテクノロジーが必要となり、さらにその情報を読み出す高感度の磁気センサーを実現するためのナノテクノロジーも必要となる。またネットワークのさらなる大容量化と高速化を狙うため、量子ナノ構造を利用した高速・多機能の光機能素子の開発が必要である。即ち、半導体技術、情報ストレージ技術、ネットワークデバイス技術のいずれも、これまでのトレンド通りの進化を遂げようとすると、これから益々ナノテクノロジーが重要になる。
ナノテクノロジー研究センターの創設と研究テーマ
     前節で述べたナノテクノロジーは、おもに、トップダウンのナノテクノロジーが利用されており、富士通をはじめ日本の企業において、精力的に研究が進められている。一方、ボトムアップのナノテクノロジーや、生物学と融合するバイオナノテクノロジーの研究は情報技術の分野に、将来大きな技術革新をもたらす可能性があり、トップダウンのナノテクノロジーと平行して研究を進める必要がある。これらの研究を先行して推進するために、富士通研究所は2000年12月にナノテクノロジー研究センターを創設した。
     同センターには、ボトムアップのナノテクノロジーにより新しい材料を開発し、エレクトロニクスへの応用をはかるナノマテリアルグループ、ナノの世界で起きる量子現象を利用し新しい光通信デバイスを開発するナノフォトニックデバイスグループ、そして生物学と工学を融合したプロテインチップを開発し将来の医療・健康ネットワーク社会の構築をはかるナノバイオグループ、の三つの研究グループがある。
ナノマテリアル研究
     ナノ材料の代表例であるカーボンナノチューブは、その結晶構造(カイラリティ)によって、半導体になったり金属になったりする。半導体カーボンナノチューブは、シリコンや化合物半導体よりも電子移動度が高く、かつ理想的な量子細線となっているため、電子の高速伝播が可能であり、これまでのトランジスタの高速限界を突破する高性能のトランジスタが実現できる可能性がある。また、金属カーボンナノチューブは、銅よりも1000倍高密度の電流を流すことができ、また熱伝導度も良いため、LSIの配線材料として有望である。ナノマテリアルグループでは、カーボンナノチューブの早期の実用化をはかるため、配線レイヤー間の配線、即ち縦配線(ビア配線)にカーボンナノチューブを使用するための研究を強力に推進してきた。その成果が認められ、今年度より、半導体コンソーシアムであるSELETEの枠組みの中で、32nm世代以降での実用化を狙った研究を進めている。
ナノフォトニックデバイス研究
     半導体トランジスタの微細化による高速化には、いずれ原理的な限界が到来する。即ち微細化が過ぎると外部信号で制御出来ないトンネル電流が流れ、トランジスタ動作しなくなる(オフ状態にならない)ことが知られている。一方、現在の暗号体系は、原理的な不完全性がある。暗号を解こうとすると現存するスーパーコンピューターを利用しても天文学的時間がかかるので安全とされているだけであり、暗号を解くアルゴリズムが突如発見されたり、あるいは後節でご紹介する量子コンピュータの登場によってその暗号が短時間で破られる可能性も否定できない。
     これらの問題を抜本的に解決するためには、原理の異なる新しい素子や暗号体系を開発するしかない。その候補が量子情報通信技術である。従来の情報通信技術では、“0”と“1”で全ての情報を現し処理されているが、量子情報通信技術では、“0”と“1”の重なりを許容する全く新しい情報処理体系である。この体系を用いると、現存する高性能コンピュータで1億年程度かかる素因数分解の計算が数時間で計算できる量子コンピュータや、物理学的に安全が保証された量子暗号通信が可能になると言われている。
     これまでの情報通信技術体系では、“0”と“1”を表現するデバイスとして、半導体トランジスタが用いられて来た。即ち、例えばトランジスタの電流が流れない状態を“0”とし、電流が流れる状態を“1”とし、ユニバーサルな演算を行うことができる。量子情報通信技術体系を実現するには、“0”と“1”の重なり状態を実現できる素子が必要となる。この素子を、量子ビットあるいはキュービット(Qubit)と呼んでいる。ナノフォトニックデバイスグループでは、量子ドットの中に閉じ込めた電子のスピンを利用した新しいキュービットの理論的、実験的研究を行っている。
     一方、この量子ドットでは、量子力学的効果により、その中に存在できる電子と正孔のエネルギーが一義的に限定される。これにより、ある特定の波長の光が吸収されたり、またある特定の波長でレーザー発振することができる。また、一個の電子と一個の正孔がこの量子ドットの中で再結合することにより、一つの光子が生まれる。これらの性質を利用することにより、量子暗号通信の実用化に必須となる通信波長帯での単一光子発生に成功している。また、高密度で多数の量子ドットを埋め込んだ量子ドットレーザーを開発、光出力特性にほとんど温度依存が無いこと、高速の直接変調が可能であることを実証した。この量子ドットレーザーを実用化するために、富士通と三井物産のリスクマネーを導入し新しい光デバイスベンチャー会社(QDレーザー社)を設立した。
バイオナノ研究
     生物学と工学を融合させるバイオナノテクノロジーには、 (1)生物学にナノテクノロジーを活用して、DNAの機能解明や、タンパクの機能解析などを促進させる分野、(2)電子デバイス分野にバイオテクノロジーを活用し、桁違いの超低消費電力デバイスや従来にない新機能の電子デバイスを開発する分野、そして(3)バイオテクノロジーとナノテクノロジーをまさに融合させ、例えば、高感度で低コストの、健康状態や疾病状況を診断するツールの開発を行う分野、の三つの分野がある。当研究グループでは、(3)の分野にフォーカスし、ナノテクロノジーを用いた高感度プロテインチップの開発を行っている。
     具体的には、天然のたんぱく質をラベル化処理せずに直接測定できるチップを開発するため、ナノワイヤートランデューサの開発、疾患マーカーたんぱく質と適合する人工抗体の開発、そしてそのチップ化技術の開発を行っている。将来的には、現在の情報技術(IT)と組み合わせることにより、これからの高齢化・少子化社会に対応した医療・健康ネットワークを構築する計画である。
まとめ
     ナノテクノロジーは、トップダウンのナノテクノロジー、ボトムアップのナノテクノロジー、そしてバイオと融合するバイオナノテクノロジーに分類できる。情報技術業界にとって、トップダウンのナノテクノロジーが直近の究めて重要な技術であり、各社精力的な研究開発を進めている。さらに将来に向けては、ボトムアップのナノテクノロジーと、バイオと融合するナノテクノロジーの研究も重要であり、弊社ではこれらのナノテクにフォーカスしたナノテクノロジー研究センターを創設、本稿でご紹介したカーボンナノチューブ、量子ドットデバイス、量子情報技術、そしてプロテインチップの研究開発を行っている。今後はさらに、新たなブレークスルーを求めて、分子エレクトロニクス、シリコンフォトニクスなどの研究を強化すべきと考えているが、これらの研究開発を進める上において、産学連携と異分野融合が重要なポイントとなっている。

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