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2005年度研究教育環境分科会 第1回会合「ITを活用した授業支援−教育の標準化と質の向上−」

教育の効果・効率・魅力を高めるインストラクショナルデザイン


■講演内容
  1. はじめに
  2. 教育の効果・効率・魅力を高めるID
  3. IDが日本で浸透してこなかったのはなぜか:将来に向けて

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プレゼンテーション資料 PDF file
写真_鈴木克明氏

岩手県立大学 ソフトウェア情報学部
鈴木 克明
ksuzuki@iwate-pu.ac.jp

 
アブストラクト
インストラクショナルデザイン(ID)は、eラーニングの普及とともに認知されるキーワードとなったが、欧米では30年を越す伝統をもつ研究分野である。そこで培われてきた研究知見と、インターネットをはじめとする学習支援環境や基盤となる学習理論の変化への対応について概観する。IDの目的は教育活動の効果・効率・魅力を高めることにあり、適用範囲は広い。日本における研究の遅延がなぜ起きたか、今後の専門家育成はどうしたらよいのかについても言及したい。
キーワード
インストラクショナルデザイン、学習支援、学習理論、専門家育成


1.はじめに
     インストラクショナルデザイン(Instructional Design:以下ID)とは、教育活動の効果・効率・魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれらを応用して学習支援環境を実現するプロセスのことを指す。日本では、2000年頃からのeラーニング浸透とともに注目を集めるようになった用語であり、カタカナで、またはIDと略して表記されることが多いが、それ以前から欧米では教育工学の中心的概念として広く用いられてきた。日本語訳としては、授業設計、授業デザイン、教授設計、教育設計技法などがあてられてきた[9]。
     2003年から「インストラクショナルデザイン」というカタカナがタイトルに含まれた本がたくさん出版されている[8]。最初に出たのが、「インストラクショナルデザイン入門―マルチメディアにおける教育設計―」 (リー&オーエン著、東京電機大学出版局、2003年3月)。アメリカ流のマルチメディア教材開発手法についてのハウツー的な内容。次が「はじめてのインストラクショナルデザイン」(ディックほか著、ピアソンエデュケーション、2004年8月)。アメリカで最も使われている教科書の翻訳。「ID入門者のバイブル:米国留学最初の講義でこのテキストを使って、外国人にカタカナで自分の名前を書かせる自学教材を作りました。待望の必読書です。」と筆者は推薦の弁を贈った。
     和製の本もそれに続いた。島宗理 (著)「インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブック」 (2004年11月、米田出版)、赤堀侃司 (著)「授業の基礎としてのインストラクショナルデザイン」(2004年12月、日本視聴覚教育協会)、そして、内田実 (著)「実践インストラクショナルデザイン―事例で学ぶ教育設計」 (2005年3月、東京電機大学出版局)。世の中ではどうも、「インストラクショナルデザイン」という言葉がブームになっているようだ。
     一足先に「教材設計マニュアル―独学を支援するために」(2002年4月、北大路書房) というタイトルのID入門書を世に問うていた筆者としては、このブームはうれしい限りである。米国で1980 年代にIDを学び、帰国後に「放送利用からの授業デザイナー入門―若い先生へのメッセージ―」(1995 年、日本放送教育協会、絶版)を出した当時には、授業設計や授業デザインという言葉は通用しても、カタカナの「インストラクショナルデザイン」は通用しなかった。隔世の感がある。
     さて、これほど急速にIDが注目を集めている理由に、「やってがっかりeラーニング問題」がある。eラーニング・ブームに乗り遅れてはいけないとはじめてはみたものの、どうも期待通りの効果が得られない。教育メディア研究では万能薬的な教育方法やメディアは存在しない、というのが定説である。にもかかわらず、何でもeがつけば問題が解決するのではないか、という能天気な考えが背後にあるわけでもないだろうが、新しいものには過大な期待が寄せられるのであろう。期待が高ければ、裏切られるものである。「やっぱり人間教師との対面授業に勝るものはない」などと胸を撫で下ろしていればすむ外野組は良いとしても、推進役の面々にとっては、がっかりしてばかりはいられない。企業内教育では削減され続ける教育予算をやり繰りして社員の職能を向上させる手段として、大学では18歳人口の減少に対する社会人学生獲得のための方策として、eラーニングに対する期待はそれぞれ大きい。情報化に投資したインフラをより効率よく使うためにも、何とか活路を見出したい。そこへ、「どうもこの種の問題を専門的に扱う学問領域があるらしい」となれば、注目を集めないわけにはいかない。それが、IDということなのだろう。
2.教育の効果・効率・魅力を高めるID
図3:3段階連続接近法
図3 3段階連続接近法参考文献[1p.137]
     表1に、eラーニング開発サイクルとしてIDプロセスモデルを発展させたブロードベンドの4段階17要素モデルを示す[9]。それぞれの開発段階で、組織づくりから概念枠の確立、実施とその効果の測定に至るまで周到な準備が必要であることが読み取れる。結局は、これらのステップを踏まえて地道にやることが効率を高めることにつながる王道であり、ID技法は魔法ではない。

    表1:e-Learning開発サイクルの4段階17要素モデル(ブロードバンドによる)
    段階 要素 概要
    準備する 1:マネジメント 組織づくり,役割分担,全関係者への説明
    2:学習者 現状と目標のギャップ,これまでの経験,期待されていることの明確化
    3:e-Learning研究 先進事例の調査,所与の条件での環境構成,関係者への説明
    4:文脈 賛否両論の調査,反対者への対応策,全関係者への説明
    概念枠を確立する 5:技術 利用可能な技術の調査,必要な技術や技術標準の決定,技術スタッフとの関係構築
    6:ビジネスケース なぜ,何を,どう行うかをビジネス面から検討,経費と投資効果の試算,多段階実施の承認
    7:ビジネスモデル 統合型か分散型か,最小限か理想型か,作るか買うか,単独か協調か,国内か国際かを判断
    8:評価 評価方略,評価手段,報告フォームなどの決定,各段階での評価結果の利用方法の決定
    高次のインプリメンテーション 9:コミュニケーション 情報伝達の実態を調査,e-Learningについての疑義を調査,変革管理方略の導入
    10:管理 管理部門の設置.参加とフォローアップ機能の設定,LMSの選択
    11:内容 研修・開発のニーズ策定,内的・外的リソースの調査
    12:方法論 研修方法の策定(ブレンディングの度合いなど),非公式・自己管理・講師主導・業務遂行支援の4タイプからの選択
    詳細の面倒をみる 13:人的資源 現存スタッフのスキルを調査し,必要な人的資源確保の戦略(訓練・雇用・アウトソーシング)を策定
    14:開始地点 オープニングにふさわしいトピックを選択(高い適用・理解・誘因),いまやっていない何か革新的な試みのチャンス
    15:実施 注意深い立ち上げ,すべての利用者・受講者・上司・インストラクタ・管理者と濃密なコミュニケーションの確保
    16:評価 量的・質的データをもとに評価を実施
    17:モニタリング 継続的にレビューして,必要に応じて上記1〜16を改善
    注: 参考文献[2]表4.1-4. (p.74-77)を筆者が簡略化して訳出した.

     教育活動の魅力とは、「またやってみたい」と思う気持ちを持たせることを指す。つまり、学習意欲が継続することである。わが国では特に、「できるようにはなる一方で、もうやりたくないと思う」という傾向が強いことからみても、教育活動の効果を高める(できるようにはなる)だけでは不十分であり、「できるようになるだけでなく、もっとやってみたくなる」ことを実現する設計手法が求められている。IDモデルでは、ケラーのARCS動機づけモデルが、関連心理学諸理論を4要因に分類し、学習意欲を高めるための工夫を過不足なく盛り込む手法として広く知られている[5]

3.IDが日本で浸透してこなかったのはなぜか:将来に向けて


    ■参考文献
    [1] ALLEN, M.W. (2003) Michael Allen's guide to e-Learning: Building interactive, fun, and effective learning programs for any company. Willy: Hoboken, NJ
    [2] BROADBENT, B. (2002) ABCs of e-learning: Reaping the benefits and avoiding the pitfalls. Jossey- Bass/Pfeiffer, ASTD.
    [3] GAGNE, R.M, & MADSKER, K.L. (1996) The conditions of learning: Training applications. Harcourt Brace/ASTD.
    [4] GAGNE, R.M., WAGER, W.W., GOLAS, K. C., & KELLER, J. M. (2005) Principles of instructional design (5th Ed.). Wadsworth/ Thomson Learning
    [5] 鈴木克明(1995) 『魅力ある教材』設計・開発の枠組みについて―ARCS動機づけモデルを中心に―.教育メディア研究,1(1):50-61
    [6] 鈴木克明(編著)(2004) 詳説インストラクショナルデザイン:eラーニングファンダメンタル(パッケージ版テキスト). 特定非営利活動法人日本イーラーニングコンソシアム,東京
    [7] 鈴木克明 (2005a) 教育・学習のモデルとICT利用の展望:教授設計理論の視座から. 教育システム情報学会誌,22(1):42-53
    [8] 鈴木克明(2005b)教師のためのインストラクショナルデザイン入門.IMETS,2005年秋号(No.158)、(財)才能開発教育研究財団、25-30.
    [9] 鈴木克明(印刷中)〔総説〕e-Learning実践のためのインストラクショナル・デザイン.日本教育工学会誌,28(3)(特集号:実践段階のe-Learning)

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